春秋恋語り
「田代さんはどうなの? 悪くないと思ってる……よね? 悪くないどころか、かなり気になるんでしょう?」
「まだ5回しか会ってないから不安がないわけじゃないけど、条件は申し分ないのよね」
「田代さんの条件は申し分ない、気になって仕方がない。だけど、もう一人気になる人がいる」
「そう、だから困ってる……もぉ、御木本さんがハッキリしないから悪いのよ」
御木本さんとは、転勤するとき何の約束もなかった。
これで彼との付き合いも終わるのかと寂しかったけど、私は気持ちの整理をしてたのに、なのに、なにかと思わせぶりな電話してくるのよ。
どうして?
私だって電話を待ってたけど、私が言って欲しいことは言ってくれないの。
『梨香子、大丈夫か』 なんて気になることを言ったかと思ったら、そっちも頑張れよって突き放すから、
誰か探しなさいよって言ってあげたのに、今さら面倒だなんて言うし。
私に気があるならそう言えばいいのに、ハッキリ言わないんだから……
と、口に運びかけたカップをソーサーにおろして、君山さんに切々と訴えた
「それが鳥居さんのため息の原因かぁ。ねぇ、思い切って御木本さんに聞いてみたら?
私のことどう思ってますか、って」
「それができたら悩みません」
「だよね……だけど、自分から動くって決めたんじゃなかったの?」
「決めたけど、ストレートに確かめるなんて無理よ。気持ちを聞いて、私のことただの友達だって言われたら、私……立ち上がれないかも」
「そのときは田代さんに慰めてもらえば」
あっ、ごめん、それができないから悩んでるんだったわね、と君山さんは肩をすぼめた。
けれど、彼女の言葉に私はヒントをもらった。
「あっちがダメならこっちっての、虫が良すぎるかなぁ」
「そんな事ないと思うけど。だって、誰も知らないのよ。黙ってればわからないでしょう。
本命がだめでも ”おいで” って言ってくれる人のところに行けばいいのよ。
男を天秤にかけるって、カッコいいじゃない。大人の女だからできるのよ。私もやってみたかったわ。
結婚が早すぎたわね」
ポンポンと言いたいことを言いながらも、君山さんの皿からケーキがなくなっていく。
嫌味がなく小気味よい、彼女のこんなところが私が惹かれるところだった。
「軽蔑しない?」
「しない、しない。伊達に歳を重ねてる訳じゃないの。男の良さもずるさも知ってるのが、私たちの年代よ。
よーく見定めて、この人なら間違いないって人を選べばいいのよ。条件がいい男を選ぶのだって大事なコトよ」
「そうよね、若い子にはわからないことも、私なら彼らの良さがわかるってことよね……
うん、なんか元気が出てきた」
「ワクワクするわね。結果、ちゃんと聞かせてね」
「もちろん。君山さんと話してたら、前が開けてきたって感じがする」
「良かった。私も久しぶりに真剣な悩みを聞いたわ。なんだかすごく充実した時間だったわね。
だって、私のこの頃の悩みって、お夕飯は何にしようかとか、キャベツはどこのスーパーが安いのかなんて、そんなのばっかりよ」
それも真剣に悩むのよと、君山さんは笑っていた。
今夜、御木本さんに電話しよう。
ちゃんと話をして、自分の気持ちを確認するんだ。
もし彼に私への愛情を感じられなかったら、そのときは諦める。
今度こそ気持ちにけりをつけなきゃ。
夕暮れの街に踏み出すと、春とは思えない冷たい風が吹いていた。
東京も寒いのかな、風邪とかひいてないかな……
私はまた、御木本さんのことを考えていた。