春秋恋語り
御木本さんに電話をしようと決めたものの、この時間帯にかけてもいいのかな、
もう少しあとにしようかと考えるうちに、たちまち時間が過ぎてしまう。
メールで聞けばいいんだと気がつき、文字を打ち、
『電話で話したいので、時間があいたらメールをください』
送信を押して、携帯をテーブルに置く前に着メロが鳴り出し、驚きながらも慌てて電話にでた。
『どうした、何かあった?』
『電話して大丈夫なんですか?』
『まだ仕事だけど、もう終わるから。梨香子、困ったことでもあったのか』
『困ったことって言えばそうなんだけど、仕事中ならあとでかけなおす。ごめんね』
『いいよ、気になるから。なに』
メールを見てすぐに電話をくれたんだ。
何かあったのか、なんて嬉しいことを言ってくれる。
急ぎじゃないんだけどと前置きをして、食事は済んだの? といつもと変わらぬことを聞いた。
『まだだよ。帰りに食べて帰ろうと思ってたんだ。梨香子は自分で作ってるんだよな。 今夜は何?』
『あんまり食欲がなかったから、昨日のスープの残りで作った洋風おじや』
『食欲がないって、体調でも悪いの?』
『うぅん、帰りに君山さんとお茶したから、そんなにお腹がすいてなくて』
『体調が悪いのかと思って心配した。おじやか、おいしそうだな。梨香子の料理をまた食べたいよ』
御木本さんのマンションで、何度か料理を作ったことがあった。
彼はわりと薄味を好み、私が作る和食が好きだと言ってくれた。
また食べたいなんて、そんなの無理よ。
こんなに離れてるのに、どうしたら料理なんてできると思ってるの。
『こっちに帰ってくる予定はないの? そのときは作ってあげるけど……』
『夏は無理だけど、冬は帰ろうと思ってる』
『冬か……その頃、私いないかも』
『いないって、引越しでもするの?』
『引越しっていえばそうかもね。紹介された人がいて、付き合い始めて、それで……あの』
『そうかぁ……』
こんな風に告げるつもりはなかったのに、零れるように言葉が出ていた。
電話の向こうから大きなため息が聞こえてきた。
『決めたんだ、結婚……するんだろう?』
『まだハッキリ決まったわけじゃないけど』
『こんなとき何て言えばいいんだろう。気の利いた言葉が出ないよ。
梨香子がいなくなるなんて、俺、考えもしなかった。電話すればいつでも声が聞けると思ってたから』
『いなくなるわけじゃないのよ』
『俺にとっては同じだよ。梨香子は、ずっとそこにいるんだと錯覚してた。
梨香子は聞き上手だから、ついなんでも話して、俺の話をいつでも聞いてくれるんだって……頼りにしてた』
『そんなわけないじゃない……』
『だよな……これから電話するのやめにする。迷惑だっただろう? 困ったことって それだったんだ。
気がつかなくて悪かった』
『御木本さん、待って。そうじゃないの』
『ごめん、俺、なんか話せそうにないから切るよ。元気でな』
違うの、そんなんじゃないと叫んでみたけれど、電話はすでに切れていた。