春秋恋語り
御木本さん、私のこと頼りにしてくれてたのに、電話の声を待っててくれたのに、
気持ちは私に向いてるってわかったのに、どうしてこうなったんだろう。
欲しい言葉を聞いたあとに別れの言葉が聞こえてくるなんて、こんなこと聞くために電話したんじゃない。
閉じた携帯を握り締めて唇をかんだ。
悔しくて、哀しくて、情けなくて、あとからあとから涙が落ちてきた。
手の中の携帯が、また着信を告げた。
田代さんだった。
どうしよう、いま電話にでたら涙声だってわかってしまう。
でも、明日は会えないって言わなきゃ。
『もしもし』
『こんばんは。あれ? 声が変だね、風邪かな?』
『あっ、そうなんです。こんな声になっちゃって。すみません、明日は行けそうになくて』
『大丈夫? 熱とかは?』
『熱があるかも。でも、寝てれば治ると思うので、本当にすみません』
『僕が看病に行っても役にたちそうにないし、ゆっくり寝て治してください。また連絡します』
田代さんが風邪だと勘違いしてくれたお陰で、なんとか電話はごまかせた。
泣き声と風邪の鼻声、似てるかも。
看病かぁ……
田代さんと結婚して私が風邪をひいたら、彼は熱心に看病してくれそう。
”そのときは 田代さんに慰めてもらえば……”
君山さんの言葉を思い出して、そうか、こんなときに田代さんを頼れば良かったのかと、今頃気がついた。
”あっちがダメならこっち” のつもりが、御木本さんからの別れの言葉が辛すぎて
”こっち” の人のことなんて思い出しもしなかった。
両天秤なんて、私には無理だ。
もっと上手く立ち回れる大人のはずだったのに。
大人の女をカッコよく演じることもできそうにない。
君山さん、私の春はまた遠のいたみたい……
その夜は、枯れることのない涙に埋もれて眠りについた。
カーテンからもれる光で目が覚めた。
まぶたが重く体がけだるい。
本当に風邪をひいたのか、熱っぽく息が荒くなっている。
風邪? それとも知恵熱?
まるで子どもだわ……
遠くでインターホンの音がする。
ダメ、起き上がれない。
それに、こんな顔、宅配便のお兄さんにだって見せられない。
布団を頭からかぶって居留守を決め込んだのに、インターホンの音はいつまでもなり続けている。
うるさいわね、近所迷惑でしょう。
仕方なくヨロヨロと起き上がりインターホンにでると、思いもかけない人の声が聞こえて、慌てて玄関ドアを開けた。
「どうして……ここにいるの?」
「あれから新幹線に飛び乗ったんだ」
新幹線に乗ったものの大阪止まりで夜中になり、伊丹空港からの早朝便で飛んできたんだと、ここまでの経路を一気に語った顔は真っ赤になっている。
階段を駆け上がってきたのだろう。
「だから、どうして」
「電話のあと梨香子のことが気になって、なんか様子がおかしかっただろう。声が辛そうだったし、じっとしてられなくて」
「心配して来てくれたんだ……そんなところに立ってないで、中に入って」
先に部屋へと歩き出したとたん、体がふらつきバランスを崩した。
目の前が真っ暗になり意識が遠のいていく。
御木本さんに抱きかかえられた気がしたけれど、そのあとのことは良く覚えていない。