春秋恋語り
「心配するくらいなら、どうして一緒に行こうって言ってくれなかったの?
もしかしたら、東京に一緒に行こうって言ってくれるんじゃないかって、私、期待してたんだから」
「考えたよ。だけど、俺に頑張って来いって、そう言うから、やっぱり向こうで暮らすのは嫌なんだと思ってた」
「そんなこと、女の方から言えないじゃない。だから頑張ってって応援しようと思って。それに……」
「それに?」
御木本さんは、ベッド横に置かれたペットボトルを取ると喉に流し込み、ふぅ……と一息ついた。
「続きはあとだ。腹が減ってないか。アイスだけじゃもたないよ。昨日から食べてないんだろう?」
「えーっ、またあとで? なんか出し惜しみしてない?」
「そんなんじゃないよ。あとでちゃんと話すから」
ちょっと待ってて、と抱いた手をほどいてキッチンへと入っていった。
できたら起こすから、もう少し寝てろと大きな声が飛んできた。
ベッドに横になったけれど寝るのはもったいない。
だってアナタがそこにいるのよ、顔を見ていたいもの。
御木本さんをじっと見ていたはずなのに、うつらうつらと少し眠ったらしく、起こされるまで心地良い眠りをくり返していた。
「気分はどうだ。食べられそうか?」
顔のそばで御木本さんの声がする。
その声に、忘れていた空腹が反応した。
ベッドに運ぶよと言ってくれたけど、座って食べた方がいいと返事をし、ベッドから抜け出しテーブルに向かった。
「美味しい。ダシが効いてるわ」
「だろう? 俺の料理も満更じゃないだろう」
熱々の煮込みうどんは、私の空腹感を煽った。
うどんの香りに誘われて、するすると口に入っていく。
昨夜からほとんど食べていない空きっ腹に、温かな汁が染み渡っていく。
「誰かに作ってもらう料理って、ホント美味しい」
「俺もよく作ってもらったな。梨香子の味は俺の舌に合ってた。
向こうに行っても、あー食べたいって、何度も思ったよ」
先に食べ終わった御木本さんは箸をおくと、口元をぬぐってから両手で顔を荒っぽくなであげた。
「梨香子を東京に連れて行くのはどうかと思った。
仕事とか人間関係で疲れて帰ってきたって言ってたじゃないか。
またそうなったら、そのとき支えられるのかって自信がなくて……
俺、一度失敗してるから、どうしても用心するんだ。今度もそうなったらと思ったら、怖くて踏み込めなかった」
「前のこと気にしてたんだ。私はなんとも思ってなかったのよ」
「気になるよ。それなら、このままの状態がいい。離れてても梨香子となら繋がってると思った」
「だったら、行く前にそう言ってくれたら良かったのに」
「言えないよ」
「なんで」
「男のプライド」
「それ、プライドじゃなくて見栄でしょう! バカみたい」
しんみりと聞いてたのに、最後の言葉に呆れた。
プライドじゃない見栄だと私から言われ、御木本さんがカラカラと笑い出した。
もぉ、笑いごとじゃないわよ。
だけど、彼の言葉は正直で、全部を曝け出してくれた。
やっと本心を見せてくれたわね。