春秋恋語り
これじゃいつまでたっても盛り上がらないと判断した僕は 「お時間は大丈夫ですか」と、腕時計をかざし時間を確かめるポーズをして、そろそろ終わりにしませんかと、連れの女性にそれとなく顔で示した。
あれ? どこかで会ったような……
それまで伏し目がちで、顔を正面に向けることのなかった人の顔をまじまじと見たとき、遠くの記憶が引き出されたような、そうでないような、モヤがかかった妙な感じを覚えた。
それがはっきりと形になったのは、深雪さんが席をはずしたあとだった。
「田代先輩……ですよね。中学の」
「中学……川南中の?」
「私も川南中の吹部でした。大杉千晶です」
「あーっ! 思い出した、サックスの大杉」
静かなラウンジに響き渡る大声をだしていた。
はっと口を押さえる僕を可笑しそうに見ながら、コクンとうなずいた顔に幼な顔が重なり、さっきのモヤモヤが一気に解消された。
「早く言ってくれればいいのに、気がついてたんだろう?」
「そうですけど、今日はユキちゃんの付き添いですから。でも、びっくりしました」
「僕だって驚いたよ。元気だった?」
「はい、母の葬儀の際はありがとうございました」
「お母さん、残念だったね……大杉、今は?」
「去年こっちに帰ってきて、あの、またあとで……」
席に戻ってきた深雪さんに気を遣ったのか、大杉は話を止めて何事もなかったかのように背筋をのばした。
それでは今日はこれでと切り出すと、ホッとしたように深雪さんが小さくため息をつくのが見えた。
費用は折半でという大杉の申し出を断り、ロビーで待っててと二人をエレベーターに乗せた。
ラウンジの支払いを済ませ、カウンターの隅を借りて、名刺に携帯のアドレスと電話番号を書き入れた。
ロビーに下りていくと二人はロビー横のカフェのそばにいて、大杉が僕に気がついてこちらを見たので、こっちへきてと手招きした。
深雪さんがショーケースの中に見入っているのを目の端に入れながら、歩み寄ってきた大杉に
小声で話しかけた。
「このあと、会えないかな」
「ユキちゃんを……彼女を送って行くことになってるんです。私の車で一緒に来たので」
「君が戻るまで、ここで待ってるよ」
深雪さんの体がこちらを向くのが見え、それと同時に大杉が僕へとうなずく。
駐車場まで一緒に行き、車に乗る一瞬のスキに、ポケットに忍ばせた名刺を大杉の手に握らせた。
「今日はありがとうございました」
「気をつけて。では……」
では、また……と深雪さんに言わなかったことで、暗に断りを告げたつもりだった。
彼女の様子を見ても、僕との会話は楽しそうではなかったのだから、おそらく向こうから断ってくるだろう。
断られると思いながら、少しも気落ちした気がしないのは、思いがけない再会があったから。
大杉が戻るまでのあいだ過ごす場所を求めて、もう一度ホテルの中へと足を踏み入れた。