春秋恋語り
高校まではおばさんの家に世話になったが、県外の大学に進学したこともあり、そのまま就職して実家から遠く離れていたという。
「去年の夏、父が倒れて入院して、長引きそうで……義母も大変そうだし、長女としてはほうっておけませんから」
「それで、地元に帰ってきたんだ」
「まぁ、そんなところです……先輩はずっとこちらに?」
僕の方へと話題が向けられ、本社と支社を行き来して、途中海外にも行ったと告げると、わぁ、すごいですねと お世辞ではない羨望の目を向けられ、いささか照れくさかった。
「一人暮らしに不自由はないし、結婚も面倒で、僕はひとりでもいいと思っても、おばさんたちがうるさくてね。
おばさんといっても遠縁で、お袋と従姉妹で、大杉と深雪さんみたいに仲がいいんだ。
婚活支援だって言うんだけど、僕にしてみたら大きなお世話だよ」
「婚活支援ですか。あら、私もお願いしようかしら」
お願いしようってことは、大杉は独身なんだな。
それも、フリーの可能性は大だ。
よしっ、 とテーブルの下で気合を入れて拳を握り締めた。
「まぁ、おばさんのおせっかいのおかげで、大杉にも会えたんだけどね」
「ホントですね。ラウンジの入り口で見かけたとき、スーツが似合う人だなぁって思ったんですよ。素敵だなぁって。
よくよく見たら田代先輩だったんですから、びっくりどころじゃないです」
「君だって見合いの付き添いなんかして、いかにもしっかりしてますって感じだったよ。
僕だって、見合いの本人より、付き添いの人の方がいいなって思ったくらいだ」
「もぉ、先輩ったら、お世辞も上手いんですね」
「そりゃぁ、場数を踏んでるからね」
「えーっ、私、ちょっとだけ本気にしちゃったじゃないですか」
言葉ほど本気ではないらしく、大杉はおおげさに笑い転げている。
楽しそうに笑う顔に ”そんなことはないさ、本当のことだ” と言いだせず、冗談めかして言葉を濁していたが、体が動くたびに揺れる耳元のピアスが気になった。
たったそれだけのことに僕の胸はざわめき、何かを期待したい気分になるのだ。
彼女の僕の印象は、悪いものではなかったらしい。
暑苦しい日に、スーツを着込んだ甲斐があったというものだ。
大杉は僕のスーツ姿を眩しそうに見ていたが、何か思い出したのか、ふふっと小さく笑った。
「なんだか、変ですね」
「なにが?」
「お互い、中学の頃を知ってるから、こういうの、ちょっと照れますね」
「うん、そうだな」
照れますねと言いながらも、コース料理を目の前に嬉しそうな顔をして、出された料理を綺麗に食べていく。
お昼もしっかり食べてお茶もしたのに、お腹ってすくんですねと言いながらも、気取ることなく食べる様子は気持ちのいいもので、懐かしさもあいまって楽しいディナーだった。
「川南中の吹部、まだ続いてるのかな」
「続いてますよ。後輩たち、すごいんですから」
部活の話題を持ち出すと、大杉は地元にいるだけあって母校の現在の様子にも詳しかった。
吹部の活躍は目覚しく 今では県内でも強豪校に数えられるほどになっているという。
定期演奏会もあるそうで、今度の演奏会が決まったらお知らせしますねと言われ、ぜひ教えて欲しいと頼んだ。
「そうだ、同窓会の案内がきただろう。大杉はどうするの? 僕は出席で出したけど」
「私も出席で送り返しました」
出席で返信して良かった……
いつもの僕なら、同窓会の案内などに関心を向けることもなく、ざっと目を通してゴミ箱行きだっただろうが、今回に限っては何か感じるものがあった。
同窓会の案内状は、大杉に再会する前触れだったのかもしれない。
そんなことを思うほど、僕の心は弾んでいた。
楽しい時間は足早に過ぎていく
深雪さんとの二時間に比べ、大杉と過ごした時間はなんと短く感じたことか。
話は尽きず、また会おうよと言うと、そうですねと即答だったのが、僕にとっては何より嬉しいことだった。