春秋恋語り
4 会うための口実
緊張と驚き、不安と落胆、期待と高揚……
あらゆる感情を使いすぎたせいか、今朝はいつまでもベッドの中から抜け出せずにいる。
昨日の見合いの感触では、おじさんのリベンジは難しそうだ。
こちらからわざわざ言わなくても、深雪さん側からなんらかの意思表示があるだろう。
女性側が断ってくれたほうが、何かと角が立たずにすむ。
深雪さんとは縁がなかった、それだけのことだ。
それより、目下の僕の関心は大杉に向いていた。
急な誘いに彼女も困ったのではないかと思っていたが、昨夜の様子ではそんなことはなく、また会おうとの誘いにも快く応じてくれた。
今日会える?……とメールしたら呆れられるだろうか。
ベッドサイドの携帯をながめながら、大杉を誘うメール文を考える。
”昨日はありがとう。美味しい店を紹介してもらったんだ。さっそくだけど、今夜一緒に行かないか”
これならどうだろう。
うん、これでいいと決め文字を打ち込み、送信した途端の着信音に、携帯を落としそうなほど驚いた。
『おはよう。いいお天気ね』
『おはようございます。おばさん、どうしたんですか、こんなに早く』
『まだ寝てたの? ごめんなさいね、いいことだから早く知らせようと思ったの。聞いて、驚いちゃうから』
『なにかありましたか』
小林のおばさんからの電話なら、昨日の見合いの報告に決まってるのに、目覚めの悪い頭はまだ完全に始動しておらず、かみ合わない会話をすることになる。
『なにかって、決まってるでしょう』
『決まってる? 約束ですか?』
『深雪さんよ。彼女、アナタが素敵な人だったって嬉しそうに帰ってきたんですって。好感触だったみたいよ』
『はぁ? 彼女、ほとんどしゃべらなかったから、その気がないんだろうと思ったけど』
僕にはまったく興味がないのかと思えるほど深雪さんはうつむいてばかりで、ほとんど目を合わせていない。
それなのに、この展開はどういうことか。
『だから、聞き役に徹したんですって。アナタの話が楽しすぎて、聞くだけで満足だったんですって』
『そうですか。それは良かったです』
『ちょっと、脩平君、わかってるの?』
『はい?』
『寝ぼけてないで、ちゃんとしてよ』
電話のおばさんの声は興奮しているが、僕はまだ事情が飲み込めていない。
『深雪さんから話を聞いて、あちらのお父さんが脩平君を気に入ったらしいの』
『お父さんに気に入られても……』
『おほほ……脩平君、そこが肝心なのよ。お父さんに気に入られたということは、このお話は決まったも同然よ』
『勝手に決めないでくださいよ。僕の話も聞いてください』
父親に気に入られたら結婚が決まるのか? ウソだろう。
強い口調で言い返したのに、おばさんは 『えぇ、えぇ、聞きましたよ』 と、なぜか上機嫌だ。
『脩平君、おとなしそうないい人だって言ってたじゃない。深雪さんのこと、気に入ったんでしょう?』
『ちょっと待ってください。僕、そんなこと言ってません』
『言ったわよ、深雪さんはおとなしい人だって。 それって、いい子だっていうことじゃないの』
『違います、全然違います』
どうしたら 「おとなしい人」 と 「いい子」 が同じになるんだろう。
おばさんのめちゃくちゃな論法に呆れながらも、僕は必死で反論した。