春秋恋語り
「一週間に三日も飲み会なんて、すごく強いみたいに思われますね」
「違うの?」
「ちっ、違いますよ。そういう先輩だって、私に付き合って飲んでるんですから同類じゃないですか」
「僕は大杉ほど強くはないと思うけどね。大杉は、どれほど飲んでも足腰がしっかりしてるじゃないか。たいしたもんだよ」
「褒められてるように聞こえないんですけど……だって、お酒に飲まれちゃったら、みっともないじゃないですか。
これでも、ここまでってところで保ってるんです」
「ふぅん、自己抑制か。すごいね」
彼女が誰かに甘えるなんてこと、あるんだろうか。
いつもいつも気を張って、自分の足で立っている大杉がしっかりして見えたのは当然のことだ。
けれど、それじゃ体も心も休まらないだろう。
僕と一緒にいるときは強がりも休んで、ぼんやりとした顔でも見せてくれないものかと思った。
「お月様、満月ですね……今日でよかった」
「満月がどうかしたの?」
「うぅん。ちょっとしたおまじないです」
そういうと、ガラス越しに見える月を見ながらワイングラスを持ち上げた。
ゆっくり目を閉じて何かを願うようにグラスをかかげ、目を開けるとグラスを傾け、淡いピンクの液体をのどに流し込んだ。
「ふぅ……美味しい」
「どんなおまじない?」
「ナイショです」
「大杉のはロゼワインだったね。ロゼじゃなきゃ効き目がないとか?」
「そうですね……そうみたいです」
”満月に ロゼワインをかざして飲むと 恋が叶う”
電車の中で目に入った、女性誌の記事の一文が思い出された。
恋を叶えるためのまじないを行ったということは、願いを叶えたい相手がいるということだ。
大杉が願う相手は誰なのか、もしかして……と自惚れながら口元がゆるんでいく。
弱みを見せない彼女が頼りにしてくれたら、僕は頼られる男になろう。
辛口の白ワインに酔わされたのか、僕の口は気持ちのまま正直に動いたらしい。
「どんなことでもいいから、誰かに話を聞いて欲しいと思ったら、僕を思い出して」
「先輩……」
「大杉のこと、すごく気になるし、頼ってくれると嬉しいな」
「本気にしますよ? いいんですか?」
「もちろん。僕が大杉の支えになるよ。大杉のこと、かなり気に入ってるんだ、覚えといて」
「はっ、はい……あの……先輩、酔ってます?」
「酔ってるけど、今言ったことはウソじゃない。いいね、わかった?」
はい……のあとに何か告げられた気がしたが、酔いのまわった頭は記憶するのを忘れてしまったらしい。
翌朝、酔いが覚めた頭の中でも、彼女の言葉を思い出すことは出来なかった。
けれど、ほろ酔い加減の体を支えあうように、手をつないで通りを歩いた記憶だけは鮮明に残っていた。