春秋恋語り
5 素直な気持ち
大杉からメールの返信が届いたのは翌日の夜だった。
『私のほうこそ失礼なことを言いました。すみません』
返信の文字を打つのももどかしく、折り返し電話をした。
出てもらえないのではないかと覚悟していたが、ほどなく大杉の静かな声が聞こえた。
『電話、出ないかと思った』
『そんな……』
『ごめん、大杉の気持ちを考えればわかるのに』
『もういいんです』
『よくないよ、会って話ができないかな』
『できません……』
『どうして』
『どうしてって、ユキちゃんと先輩のお話が進んでいるのに、私、会えません』
『だから言っただろう、それは誤解で勝手に話が進んでるだけだって。僕の気持ちを伝えたら彼女もわかってくれた、お父さんに話をしてくれるそうだ。深雪さんとの話は終わりだ』
『それで、叔父が納得してくれるでしょうか。小野寺の叔父は厳しい人ですから、筋の通らない話には首を縦に振りません。叔父が納得するまでは』
叔父さん叔父さんって、いったい誰の縁談だよ。
そんな厄介な父親なら、こっちから願い下げだと言いたいがそうもいかない。
大杉が世話になった人でもあるのだから。
僕は慎重に言葉を選んで、彼女に語りかけた。
『大杉が世話になった叔父さんだもんな。わかった、僕から深雪さんのお父さんにちゃんと話をする。それならいいだろう?』
『でも……』
彼女も迷っている、直感的にそう思った。
大杉は僕を慕ってくれている、会えませんといいながら、本当の気持ちを隠しているのではないか。
『僕は、大杉とこのまま別れたくない』
『別れるって、付き合ってもいないのに』
『僕はそのつもりだった。大杉だって』
『そんなつもりはありません』
息をのむほどの強い語調に、僕は次の言葉を失った。
『……わかってください。私、おじさんやおばさんに、本当にお世話になったんです。ユキちゃんと先輩のお話がなくなっても、先輩とお付き合いはできません。ユキちゃんをだましてたみたいで、だから……』
大杉が深雪さんの気持ちを思いやるのはわかる、世話になったおじさんたちに遠慮するのもわかる。
僕が大杉の立場だったら、同じように考えるに違いない。
常識的に考えれば良いことではない、僕は非常識で無謀なことを大杉に要求しているのだ。
けれどいまの僕は、理性や体面はどこかに忘れてきてしまったようで、湧き上がる思いを押し込めることができない。
『……だけど、僕は大杉にかかわっていたい。それもダメか』
『先輩』
『前にも言ったけど、誰にも相談できないことがあったら僕に言って。大杉のことが……』
『わかりました。そのときは……』
互いに最後まで言葉にせず、その夜は電話を終わりにした。