春秋恋語り
出張準備も万端整った週末、しばらく留守にすることもあり、実家に顔でも出そうか、それとも一人で映画でも観にいこうかと思案していたところ、しばらくが途切れていた大杉から電話があった。
来週からの出張は知らせていたので、いってらっしゃいの声でも聞かせてくれるのかと思って電話に出ると、大杉の対応は歯切れが悪く、出張に行く僕のために電話をくれたのでもなさそうだった。
『大杉から電話してくるなんて珍しいね』
『……仕事、忙しいんですか』
『こっちの仕事は片付いた。向こうに行ったら当分休みもないと思うけどね』
『あっ、出張、そうでしたね。気をつけて行ってきてください』
『うん、そっちはどお? 元気がないけど』
『そんなことないです。先輩の声を聞きたかったので……出発前の忙しいときにすみませんでした』
何を言いたいのかさっぱりわからないまま、大杉の電話は切れたが ”先輩の声を聞きたかったので” と彼女らしくない言い方が引っかかった。
用もなく電話をしたとは思えない、僕に伝えたいことがあったはずだ、出張前で忙しそうな僕に気を遣い要件を言い出せなかったのではないか。
僕と付き合うことを受け入れ、それを伝えようとしたのであれば、こんなに嬉しいことはないが、大杉の声には甘さの欠片もなく暗くこもった声だった。
胸がざわざわと騒ぎ出し、よくない前触れを感じはじめた。
急ぎ折り返し電話をするが、呼び出し音もなくコールセンターへとつながった。
留守電に声を残すのももどかしく、通話終了をタップした。
その時の僕は、大杉の居場所へ直接向かうつもりになっていた。
電話の向こう側の喧騒に聞き覚えがあった。
町の中ではない、店の中の音でもない、もちろん自宅でもない、ざわざわと小声が聞こえ、人の足音がひそやかに聞こえていた。
どこだ、どこだ……
しばらく考えていた頭に、ひとつの光景が浮かんだ。
待合室……そうだ、病院の待合室だ。
大杉のお父さんは春に退院したが、9月に入り体調を崩し再度入院していると聞いていた。
もしかして、お父さんになにかあったのではないか。
次の瞬間、僕は車のキーをつかみ部屋を飛び出していた。
これから行っても、まだ大杉が病院にいるかどうかはわからない。
もし病院にいなかったらアパートに帰ったってことだ、部屋に行けばいい。
”誰かに話を聞いて欲しいと思ったら、僕を思い出して”
そう言ったのは僕なのに、大杉の電話の声を聞いて ”珍しいね” と返した。
なんて間の抜けたことを言ったものか、自分自身を殴りたい気分だった。