春秋恋語り


それからの一時間は田代さんの独壇場となり、私は聞き役に徹することになった。

常務は途中で帰り、そのあと私たちは二軒も店を変えた。



「僕ばかり話をしてしまいました。今度は鳥居さんの話を聞かせてください」


「私の話ですか。二年前と変わっていませんよ……それでよければ」


「もちろんです。はぁ、良かった……断られる覚悟できたので、ホッとしました」



そういうと田代さんは手で額の汗を拭い、大きなため息をついた。

それが演技ではなかった証拠に、手の甲に汗が光っている。


海外に転勤になったとはいえ、いくらでも連絡手段はある。

けれど、いつ帰国するともわからない海外赴任では、交際を続けたいと言い出せなかったと、田代さんの誠実な言葉に、私の心は大きく動いた。



「僕の都合で一方的にお話を中断したことを、鳥居さんに謝らなくてはと思いながら、慣れない土地で仕事にも生活にも余裕がなくて時間がすぎていきました。
帰国して、叔父から鳥居さんがまだ仕事をしていると聞いて、もう一度チャンスをもらえないかと思って」


「私も、また田代さんにお会いできて良かったと思っています」



それまで遠慮がちだった彼の顔が明るくなり 「では、次はいつ会いましょうか」 と切り出してきた。


二年前に会った人と一度は切れた糸がまた繋がるなんて、こんなことってあるのね。


私にも春の使者がきたみたい。

田代さんと並んで夜桜を眺めるころには、御木本さんのことなど忘れていた。

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