春秋恋語り


横たわった人の静けさから意識がないのではと思われたが、そうではなく、僕たちの気配にゆっくりと体が動いた。

見慣れない顔があると思ったのだろう、いぶかしげにこちらを見た顔に僕が頭を下げると、寝たままの人も顎を引き、挨拶らしき仕草があった。



「お見舞いに来てくださったの。こちら、学校の先輩の田代さん」



顔を近づけて大杉が話しかけると、お父さんは 「あぁ……」 と応じた。

深雪ちゃんの、と大杉が要らぬことを言い始めたので、僕は彼女の声をさえぎるように話しかけた。



「千晶さんとお付き合いしています。田代脩平といいます」



病人の顔が大きく驚いたが、それよりも驚きを見せたのは大杉だった。

僕を凝視したまま、まるで固まってしまったかのように動きが止まっている。

大杉の仰天顔を横に見ながら、この際とばかりに僕は自己紹介を始めた。

中学の部活の先輩後輩であり、久しぶりに再会したこと、僕の経歴と今の仕事について、家族構成、などなど思いつくままにしゃべり続けた。

それに対しての問いかけはなかったが、僕の話にお父さんはうなずくように、何度も首を動かしてくれた。



「あなた、ちいちゃんのことは安心ね。良かったわね」


「あぁ……」



お義母さんの言葉に、お父さんはこれまでで一番大きくうなずいた。



ありがとうございましたと、またも深く頭を下げた大杉のお義母さんに見送られ、僕らは病室をあとにした。


病室の廊下を早足で歩く僕の後ろから、大杉が小走りで追いかけてくる。

僕に言いたいことがたくさんあるだろうが、抗議は受け付けない、言ったことを撤回するつもりもない。

路上駐車の車はレッカー車に持っていかけることもなく、僕の帰りを待っていた。


「帰るんだろう? 乗って」


「先輩 あの……」


「話はあとで聞く。ここ、駐車禁止だから、早く乗って」



居心地悪そうに立っている大杉を車に押し込み、彼女のアパートへと走り出した。

駐車場が満車だったんですか? と聞かれ、「急いでたから」 と答えると、すみませんと謝られた。



「大杉が謝ることはない」


「でも、先輩に迷惑をかけました」


「迷惑なんてかかってない。なんでそんなことを思うんだよ」


「だって怒ってるから……だから」



だから……のあと言葉が途切れ、グスングスンと鼻をすする音が聞こえてきた。

泣かせるつもりはないのに、どうしてこうなってしまうのか。

僕の強い口調が、大杉を悲しい気持ちにさせてしまったようだ。

信号待ちの短いときを見計らって、大杉に顔を向けた。


「怒ってもないし、迷惑もかかってない。強く言いすぎた、ごめん」



手を伸ばし、彼女の頬の涙をぬぐった。

僕の手に驚いた顔を目の端に入れながら、青に変わった信号に従って車を発信させ、前を向いたまま普通の口調で問いかけた。



「お父さんの具合はどうなの? 正直に話して」


「……あまり、良いとはいえません」



まだ涙声だったが、それからの大杉は、しっかりとした口調で現在の状況を話し始めた。


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