春秋恋語り
春に退院し自宅で療養していたお父さんは、リハビリにも賢明に取り組んでいたが、体調を崩して再び入院となった。
検査を重ね家族に知らされた結果は病気の再発で、手術を受けなければ余命数ヶ月という非情なものだった。
告知を迷ったが ”病状を隠さずに伝えて欲しい” との、本人の強い意思表示があったため、結果のとおりを伝えたのだが、それから見る見る間に気力を失い今のような状態になった。
「私も弟たちも同意の上で伝えたことなのに、義母は責任を感じて、告知を反対すればよかったと自分を責めるんです。
父は父であのような状態になって、病気に立ち向かう気力をなくしています。
前みたいに頑張れない、自分だけどうしてこんな目にあうのかと嘆くばかりで、手術も嫌だと拒むんです。
病気って残酷ですね……
主治医の先生から、こんな状況では命の保障は出来ないとまで言われて、もうどうしていいのか」
親を顧みることなく過ごしてきたことを、いまさら後悔してもしかたがないが、やりきれないですねと、大杉の声は疲れきっていた。
アパートにつき、部屋の前まで送っていくと、お茶でもどうですかと誘われた。
まだ話したりないのか、それとも……
こんなときでさえ期待をしてしまう自分を浅ましいと思いながら、案内されるまま部屋にあがった。
「コーヒーとお茶、どっちがいいですか」
「じゃぁ、お茶をもらおうかな」
「はい……コーヒーかと思ってたけど、お茶なんですね」
「意外だった?」
「いいえ、私も緑茶党だから嬉しいです」
「そっか」
お茶が好きだというだけあって、茶葉もいいものを使っているのだろう、丁寧にいれられた煎茶は深く味わいのあるものだった。
おかわりをもらってもいいかとたずねると、嬉しそうな顔で二杯目を注いでくれた。
大杉は自分の茶碗にもつぎ足し、二口ほど飲むと大きなめ息をついた。
「母が亡くなったときと同じなんです」
「同じって、お父さんが?」
「ただただ嘆いて、もうダメだと投げやりになって、自分の父親ながら情けなくて。
今の義母に出会って助けてもらったって言うけど、頼ってばかりに見えて。私、そんな父が嫌で……」
「それで家を飛び出したんだ」
「自分の気持ちも整理できないのに再婚だなんて、高校生の私には理解できなくて、嫌悪すら覚えました。
叔母も父の再婚には反対で、反抗する私を見て引き取ってくれたんです。
それ以来、父と叔母とは疎遠になってます。
あのときは叔母のところに逃げ込めば良かったけれど、いまはそういうわけにはいかなくて。
今度も助からないかもと言いながら、手術は嫌だと義母を困らせて、本当に弱い人なんです」
弱い人だと片付けることで、父親への歯がゆい気持ちを納めたのだろう。
大杉の言うこともわかるが、僕にはお父さんの寂しさもわかるような気がした。
辛い立場になったとき、誰かを頼りにしたいと思うのではないか、わがままを言いたいときだってあるはずだ。
だが、父親は偉大であってほしいと願うあまり、娘の立場では父親の弱さを許せなかったのだろう。
父親に厳しい目を向ける大杉が痛々しく、もっと気持ちを楽に持って欲しいと思うが、そう簡単にはいかないようだ。