春秋恋語り


ガクンと機体が地上に降り立った音に目を開けるまで、ただの一度も目が覚めなかった。

プラチナシートだけの特別ドリンクサービスを受けることもなく、空を飛ぶ間ひたすら眠っていた。

ドアが開くまでの短い間に、茶菓のサービスがあった。

客が降りる寸前の忙しさの中でも笑顔を絶やさぬ客室乗務員に 「おやすみになっていらっしゃいましたので」 と、にこやかにトレイを渡され、さすがプラチナシートと感心しながらドリンクだけ飲み、菓子は袋のままバッグに突っ込んだ。


出口へと歩きながら袋の中をのぞくと、有名どころの菓子の入っていた。 

見るからに美味しそうな菓子を眺めてハッとした。 

彼女へなんの土産も買ってないじゃないか。

慌てて飛行機に飛び乗ったため、そんな余裕などなかったのだが、手ぶらで行くのも気がひける。 

空港の売店で何か調達するか…… 

そんなことを考えながら到着ロビーへ向かった。


誰かに呼ばれた気がした。

声の主を求めてロビーを見渡すと、最終便の客を迎える人々の中に、夢の中にまで現れた彼女がいた。

何度も何度も思い出し、誰よりも会いたい顔だった。

寝起きでスッキリしない頭を抱えていたが、彼女の顔を認めたとたん一気に目が覚め、大きく手を振る千晶のもとへ駆け出した。




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