春秋恋語り
腹ごなしと言いながら、バスの停留所二つ分の距離を歩いた。
歩きはじめは秋の夜風の冷たさを感じたものの、アパートにつく頃はほどよく体が温まっていた。
彼女の部屋についたのは、夜中の12時にあと少しという時刻だった。
「カバン、こっちにおいてください」
「わかった」
「上着はそこのハンガーに」
「ありがとう」
「あの……疲れたんじゃないですか。シャワーを先にどうぞ」
「うん、じゃぁ借りるよ」
部屋に入ると急に互いを意識しすぎて、僕も彼女も顔を見合わせることが出来ず、うつむいたまま、または、背中越しに声を掛け合っていた。
あれほど電話では話し、なんでも言いあえたのに、まだ名前も呼んでいない。
「そうだ、タオル……」 と言って振り向いた腕が、僕の手にぶつかった。
「あっ、ごめんなさい」 と、さっとよけた彼女の腕をつかまえた。
「千晶」
「はっ、はい」
名前を呼ばれ、瞬時に上気してうつむいてしまった千晶の腕を引いた。
そろりとそばにきた体は緊張していたが、僕の手に素直に応じている。
浴室へつづくドアの前の壁に、千晶の体を押し当てた。
ほんのりと染まった顔がゆっくりとあげられ僕の顔を凝視した。
「ただいま」
「おかえりな……さ……」
千晶の最後の言葉は僕が吸い取った。
触れたくて触れたくて、どれほど彼女のことを想像しただろう。
けれど、いざ彼女を目の前にすると、離れていた時間が溝となって想いとは裏腹に行動に移せないものらしい。
空港で再会してから部屋にくるまで何度だってチャンスはあったのに、彼女の腕をとることはできなかった。
静かに触れて優しく……のはずだったのに、僕の理性はどこへいったのか、千晶に顔を重ねるとむさぼり噛み付くように塞ぎ挑んでいた。
息も吸うのも忘れたような荒々しさに、彼女の呼吸は乱れ、途切れた一瞬苦しげに吸い上げる息さえも、惜しむように吸いとった。
待ってくださいと、息も絶え絶えに訴える千晶の声も聞こえぬ振りをした。
こんなつもりではなかったと思うのだが、欲望に取り付かれた僕は彼女を求めてやまなかった。
重ね続けた顔を離したのは呼吸が限界だと感じたからで、それでも体はまだ密着したままだった。
「……ごめん」
しでかしたことがあまりにも幼く感じて、罪滅ぼしのように謝っていた。
いいえ、と千晶が頭を横に振る。
僕は彼女に許されたようだ。
「タオルとか、自由に使ってくださいね」
「うん」
言われるままに浴室へ行き、彼女の物で埋め尽くされた洗面所にドキッとしながら服を脱ぐ。
頭からシャワーを浴び、ガシガシと髪をかき上げ、乱暴に顔を洗った。
浴室から出てくると冷たい水が用意されていた。
「どうぞ」 と、何事もなかったかのような顔でコップを渡されたが、僕に手渡すと千晶は走るように浴室へ向かっていった。
水を一気に飲んだが、体の火照りは収まらない。