春秋恋語り
僕のために準備してくれたのだろ布団が一組敷かれていた。
その奥にはベッドが見える。
出張にたつ前々日、狭いシングルベッドで体を寄せ合って過ごした光景が浮かんだ。
あのときは余裕もなく、千晶に僕の印を刻むことで精一杯だった。
想いを伝えたくて、僕の手は彼女の肌を必死にたどりさまよった。
あの夜の余裕のなさは、思い出すだけで恥ずかしくなる。
いまが冷静なだけに、余計にそう思えるのかもしれない。
この部屋で僕がすることはなにもなかった。
テレビを見るにもリモコンが見当たらず、テーブルに置かれた雑誌には興味がなく、勝手に冷蔵庫を開けるわけにもいかない。
女性の入浴は長い。
僕の髪が乾きかけても、まだ浴室から水音がしていた。
手持ち無沙汰で部屋をうろうろしてみたが、ちっとも時間はたってくれなかった。
敷かれた布団にゴロンと体を横たえた。
今夜は別々に……ってことだろうか。
考えることといったら、これから過ごす時のことばかり。
そのためだけに帰ってきたのではないと自分に言い聞かせてみたが、正直な頭はすぐにあらぬ方へと想像をしてしまう。
浴室のドアが開く音がして、ほどなく千晶が部屋に戻ってきた。
布団に横たわる僕を見て 「良かった」 と意味のわからぬことを言う。
「長身用のお布団を用意して正解だったかも。ノーマルサイズだと、先輩の足が出ちゃいますね」
「わざわざ用意してくれたの?」
それにたいして彼女は無言でうなずき、すっと視線をはずしてしまった。
この先も僕が泊まることを想定して、寝具を準備したことが恥ずかしく思えたのかもしれない。
僕は体を横にずらすと 「千晶」 と呼びかけ、あいたスペースをポンポンとたたいた。
すごすごといった感じて彼女がにじり寄ってくる。
僕の横に控えめに寄ってきたので、彼女の腰を引き寄せうつぶせになり、肘を立てて顔を見合わせるとどちらからともなく笑みが出た。
「この布団、横幅も広いよ」
「そうみたいですね」
「次に帰ってきたときも、ここに来てもいい?」
「いいですよ。田代さんのお部屋、誰もいないから寒いかも。冷蔵庫も空っぽでしょう?」
「そうだよ、食べるものが何もない。買っても残るだろうしね」
”先輩” から ”田代さん” に代わった呼びかけに気づきながら、あえて反応せず話を続けた。
田代さんと呼ばれるたびに僕は口元がゆるみ、千晶と呼びかけるとほころぶ顔に満足した。
どうでもいい話がつづいていたが、会話が途切れるのを恐れるように、どちらも話題を見つけては話を繋げた。
いい加減肘も疲れてきて、僕は仰向けに体勢を変えた。
「電気、消しますね」 と千晶が立ち上がり、僕の横に戻ってきた体を懐に引き寄せた。
照れ隠しの雑談はもうおしまいだ。
二人の夜を始めるために、千晶の素肌にゆっくりとふれた。