春秋恋語り
ぬくもりの中で目覚める心地良さを久しく忘れていた。
一枚の掛け布団がぬくもりを伝え、誰かが横にいる安心感を教えてくれる。
背中合わせに寝ているのに、ほんのり伝わる温かさは一人では味わえないものだ。
千晶は僕にほどよい温かさを与えてくれる。
肌の心地良さだけでなく、二人の距離感が窮屈でなく過ごしやすい。
これまでも、ほかの誰かにこんな風に接してきたのだろうか……
想像するだけで見えない相手に嫉妬し敵意をも感じてしまうのだから、僕の独占欲も相当なものだ。
過去にどんな相手と付き合ったかなんて、知りたくもなければ聞きたくもない。
これまで千晶に付き合った相手がいたとしても、結婚にはいたらなかったわけで、いまこの瞬間僕と背中をくっつけて寝ている彼女の気持ちは僕に向いているのだから、見えない誰かに牙を向けることもないのだが……
とにかく、千晶を僕だけのものにしておきたくて、なんとかしようとあがき どうにかしようと画策している。
いままでの僕だったら……
嫌われたくないから表面をつくろい、余裕がないと思われたくないから体裁を気にし、少しでもよく思われたいから見栄をはっていた。
それが、千晶の前では素直すぎるほど気持ちのままに向かい、みっともないほど感情むき出しにし、溢れる気持ちを抑えることができずにいる。
初めて千晶の部屋に来た日、お父さんのことで心を痛めていた彼女を、励まし労わるつもりで抱きしめたのに、こみ上げる欲望はとどまるどころか、大きな波となっていた。
僕の理性は強固なものだと信じていたのに、追い求める本能の前にあっけなく崩れてしまった。
急激に湧き上がる想いに戸惑いながら、僕にもこんながむしゃらな感情があったのかと新しい発見でもあった。
そしていま、僕の頭には無謀と思える考えが浮かんでいた。
いくらなんでも早すぎると思うけれど、これ以外に考えられないと思えるほど、僕の中では正論になりつつある。
果たして口にしていいのか、千晶に告げて混乱させるのではないか、冷静なもう一人の僕が問いかける。
けれど、体裁を捨てたもう一人の僕は 「それしかない」 と主張していた。
温かい布団の中で自問自答しながら、複雑な思考を重ねる僕へ、背中からふいに声がかけられた。
「起きてますか」
「うん……起きてるよ」
「考え事ですか」
「どうしてわかるの?」
「なんとなく……体中が緊張しているみたいだから、そうかなぁって」
背中をくっつけ合っているだけなのに、そんなことまでわかるのか。
パートナーの以心伝心ってのは、こういうことか。
ますます想いが募るような千晶の言動に、僕は自信を強めた。