春秋恋語り
午後はお父さんの病室に顔を出してから、出張先で足りないものを買い足すために買い物に出かけた。
僕が買う品をさっさと選ぼうとすると、千晶はもっとほかの店も見ましょうよと腕を引っ張り買い物に連れまわす。
何軒見ても一緒だという僕の言い分は彼女には理解できないようで、多くの中から選んだほうがいいに決まってますと言って譲らない。
あぁ、面倒だ……と思うこともあったが、二人で言い合いながら過ごす時間を楽しんでいたのも事実で、千晶と一緒にいるからいいんだとの思いは、ますます募っていった。
翌週、翌々週と続けて帰省する僕を同僚たちは冷やかしたが、そんなの言わせておけばいい。
あいつらのやっかみやからかいなど、たいしたことではない。
たまには休みに付き合えと、わざと嫌味なことを言うやつもいたが 「わるいな」 と、悪いとは思っていない顔で断るだけで、まったく気にも留めなかった。
いまはできるだけ彼女に会って、僕の気持ちをわかってもらうための努力をする、それが最優先事項なのだ。
僕なりの努力を惜しむつもりはない。
帰るたびに 「お父さんに話をさせてほしい。お父さんのためにもいいはずだから」 と切り出すが、千晶から返ってくる言葉はいまだ変わらず 「もう少し待って……」 だった。
どうして? と聞いても、私のこだわりだからと言うだけで、僕が納得するような説明はなかった。
僕のことが信用できないとか、信頼関係を築けないとか、将来が不安だとか、そんなことではないらしいのだが、僕には千晶のこだわりがまったく見えてこない。
千晶のためにも、二人の将来のためにも、お父さんの前で意思表示をしっかりとし、安心してもらうことが何よりではないのか。
お義母さんだって言葉にはださないが、きっと心配してらっしゃるはずだと、噛み砕くように説得しているが、「ごめんなさい。もう少し待って……」 と言うばかりだった。
こうなったら、なにがなんでも千晶の気持ちの奥を探り 「うん」 と言わない原因を究明するんだと意気込み、僕はより積極的に彼女に接していった。
春の失恋も、秋に舞い込んだ縁談も、頭の中から完全に消え去っていた。
十数年ぶりに再会した彼女こそ、僕が選ぶべき人だったのだ。
このときの僕は一方的な思いにとらわれるばかりで、大事なことを見落としているなどとは考えもしなかった。