春秋恋語り
4連休の中2日間を、僕たちの初めての旅行に設定した。
この日に決めたのにはわけがあり、どうしても譲れない理由があったが、それは彼女には伝えていない。
旅行といっても同じ県内で、千晶のお父さんの体調も落ち着いているとはいえ、何かあればすぐに駆けつけられる距離を選んだつもりだ。
旅行と聞き迷っていた彼女も、遠くない場所であればと承知してくれた。
帰って来ても彼女のアパートで過ごすか買い物をするくらいだったから、近場とはいえ旅行に出かけると決まると、千晶も楽しみにしてくれていた。
秋の気配が色濃くなった山々は鮮やかに彩られていた。
山間の道は紅葉を求めて出かけてきた車で渋滞していたが、それもまた連休中の旅行らしい風景だ。
助手席にいる千晶が話しかけてくれるため、 渋滞も混雑もさほど気にならない。
退屈とは無縁のドライブで、運転の疲れもなく目的地にたどり着いた。
「わぁ、どこまでも紅葉してますね。今年は秋が早いのかな」
「長期予報では秋の気温は例年並みだそうだ。冬は寒気が強いらしいけどね」
「さすが」
「何が?」
「長期予報ではなんてデータ分析するところが」
「どうしてもこんな言い方しかできないんだ。堅苦しいね」
「そんなことないです」
すっとそばに来て僕の腕に手を絡めてきた。
何が嬉しいのか、にっこりと微笑んでいる。
「旅行なんていつ行ったかな……あっ、3年ぶりです」
苦笑いする千晶の顔に、秋が高原だから春は海にでも行こうかというと 「はい」 と迷いのない返事があった。
順序的には冬はスキーに行こうと言いたいところだが、今の状況で彼女がスキーへ行くのは無理があり、春の旅行も実現は難しいかもしれない。
それでも予定を立てることで、少し先の将来に希望を持ちたいと思ったのだ。
森林の遊歩道を散策しながら、道々の木々や遠くの風景を眺めては綺麗だとか空気がいいとか、たいしたことはしゃべっていないのに、二人で歩きながら同じ風景を見ている、それだけで満足だった。
標高が高いだけに夕方からの冷え込みは平地に比べかなりのもので、夕食後部屋のベランダにでると上着のない体は瞬く間に冷えてきた。
ベランダにでたのは、街の明かりから遠く離れた山の上空に広がる星空の美しさに魅せられたからで、多少の寒さを我慢しても見る価値はあった。
寒そうな千晶の体を包むように、後ろから抱えながらの夜空見物になった。
「空気が澄んでるんですね。月も見えるのに、いつもの空より星が倍以上あるみたい」
「人家やネオンの明かりがないからね」
「満月ですね。まんまる……」
ワインバーに行った日を思い出したのだろうか、空を眺め続ける彼女の顔が上を向いているのを見ていたずら心が動いた。
首筋に ”ふっ” と息を吹きかけると 「わぁっ」 と驚きの声とともにすばやく首が縮む。
軽く睨まれたが本気で怒っているのではない。
今度は息を吹きかける代わりに首筋に唇をあて、くすぐったいと言いながら身をよじる体をぎゅっと抱きしめた。