春秋恋語り


「もぉ、先輩のイメージが壊れます」


「僕のイメージってどんなの?」


「部活のときとか、ものすごく熱心に練習してるから、ちょっと怖くて近寄りがたい人だなって思ってました。
なんでもできて、厳しそうで、怖そうで……でも」


「でも?」


「それがカッコよく見えて……田代さん、人気あったんですよ」


「へぇ、そうなんだ」


「なんか嬉しそうですね」



つい顔が緩んだのか、図星だっただけに恥ずかしくて照れ隠しに千晶の体をくすぐった。



「きゃぁ、やめてください。おねがい」



くすぐり続ける僕の手に抵抗を見せながら、そのしぐさには甘さがあった。

やめてくださいと言いながら、僕にも同じことをしようと試みる千晶を押さえつけ、さらにくすぐっては彼女の可愛い悲鳴を楽しんでいるのだ。

旅先のホテルのベランダで声を上げながら他愛もなくじゃれあう僕らは、傍から見たら気恥ずかしくなるような光景を繰り広げているに違いない。

気取ったり体裁を気にしたりすることをやめた僕は、千晶の前では ”ただの男” になっていた。



「ははっ、あぁ、笑いすぎてお腹が痛いです。……だけど、いまの田代さんが本当の田代さんなんでね。
ふふっ、私だけが知ってるなんて、なんか嬉しいです。でも、イメージ壊れすぎです。
きゃっ、だからやめてくださいって!」



千晶の前でつくろっても意味がないと思うから、思ったままに行動しているのだが、イメージが違うと言われ、嬉しいようなそうでないような。

とにかく彼女にそのままの僕を見てほしい、それだけだ。

ふいに腕の中の動きが止まったと思ったら、彼女の顔が真顔になっていた。



「私、最近思うんです。父は寂しかったんだろうなって。自分を見てくれる相手が欲しかったんだって」


「それはお母さんが亡くなられたとき?」


「えぇ、何気ない会話っていいですね。田代さんと毎日話をしててそう思えるようになったんです。
今日何があったとかどこに行ったとか、たいしたことじゃないけど聞いて欲しいことってありますよね。
それに答えはいらないけれど、そうだねって返事が欲しいし、うんと言ってくれるだけでもいいんじゃないかって」


「そうだね」


「母を亡くして寂しかったんだと思います。私たちも寂しかったけど、寂しさの意味が父とは違うと思うんです。
義母に会って話し相手が出来て、どんなに嬉しかっただろうって。
義母も自分を頼りにしてくれる人ができたのが嬉しかったのかも。父のパートナーは私たち子どもには務まらないので……」


「お父さんも誰かに頼りたかった。そして、いまのお母さんに救いを求めたんじゃないのかな」


「救いですか」


「体調を崩して病気の体が思うようにいかなくて、誰かにわがままを言いたかったのかもしれないよ。
といっても、これは僕の想像だけど」


「そんな風に考えたことありませんでした……」



そうかもしれませんね……と付け加えたあと無言になった。

娘から見た父親は強い存在であって欲しいと思うものだろうが、父親も一人の人間であり、誰かを頼りにしたり 自分の思いをぶつけたいと思うときがあるはずだ。

 

「しんみりしちゃいましたね。部屋に入りませんか。寒くなりましたね」



向きを変えて歩き出そうとした体を引きとめた。

僕の話も聞いてくれないかと告げると、 「はい」  と言った顔が僕の目をまっすぐ見つめた。
  
 
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