春秋恋語り
8 思わぬ誤算
街中がキラキラと輝き、いたるところが赤と緑に彩られる季節がやってきた。
出張は予定の二ヶ月を過ぎ、12月半ばまでかかりそうな気配だった。
最近の僕は、週末に帰省して千晶と過ごし日曜の夕方出張先に戻るパターンで、二ヶ月で6往復もしたのだから航空会社にかなり貢献したといえるだろう。
千晶のお父さんの体調も落ち着き、手術の予定も決まったと聞いている。
二人の思いは、できるだけ早く結婚の段取りを整え、お父さんに安心して治療を受けてもらえるようにしたいということ。
最善でかつ効率よく勧めていくにはどうしたらよいか。
こういうのは僕の得意分野で、あらゆる事態を考慮して最短でことを進める手立てを考えた。
まずは彼女を僕の両親に紹介して、次に千晶のお父さんたちに話しをもっていく。
それから、小林のおじさんとおばさんに報告して、いまだにすっきりとしない小野寺さん側にもきちんと断りを入れる。
こうなったら、深雪さんのお父さんに直談判も仕方ないかと考えている。
クリスマスを翌週に控えた12月半ばすぎ、僕の出張はようやく終わり大手を振って帰省することになった。
二ヵ月半にも及ぶ出張で留守にしていた部屋に入ると、よどんだ空気を逃がすために窓を全開にした。
新鮮な空気が一気になだれ込みよどみは解消されたが、冷気に支配された部屋は冷蔵庫さながらだった。
エアコンの暖房スイッチをいれ、風呂に入り荷物の整理を終えるころになり、ようやく自分の部屋に帰ってきた落ち着きに包まれた。
近くまできていながら、ただの一度もこの部屋に戻ってこなかった。
帰るたびに千晶の部屋に行き、整った部屋で快適な時を過ごしてきただけに、これからまたひとりの生活が始まるのかと思うとげんなりしてくる。
それほど二人で過ごした時間は充実し、僕に安らぎをもたらしてくれたのだ。
結婚の二文字が早く現実のものとなってほしいと切実に思った。
数日後、3ヶ月以上ぶりに実家に帰った。
次の休みに、付き合ってる彼女を連れて行くよと言ったときの電話向こうのお袋の声といったら、今思い出しても笑えるほどだ。
『向こうで知り合ったの?』
『違うよ』
『違うの? じゃぁ、どこの人? まさか、合コンとか、そういうのなの?』
『いや、地元の子だから』
『出張の前に知り合ったお嬢さんなの? あなた、お付き合いしている人がいるのにお見合いしたの!』
『違う、じゃなくて』
『わかるように言いなさい』
『見合いのあとっていうか、その時っていうか……じゃぁ、急ぐから切るよ』
『待ちなさい、脩平!』
おふくろの矢継ぎ早の質問に僕がはっきりしない返事をするものだから 『名前くらい教えなさい』 と最後は怒鳴るように問われ ”大杉千晶” という名前だけ教えて早々に電話を切った。