春秋恋語り
両親の前でどのように話を持っていこうかあれこれ考えてはいたが、今回はわりと楽観視している。
お袋は千晶を覚えているだろうか。
友人の訃報に遠方からわざわざ葬式に行くくらいだから、千晶のお母さんとお袋はかなり親しく付き合っていたはずだ。
そんな人の娘との結婚に異を唱えることはないだろうと思われる。
親父にいたっては ”お前が選んだ人なら反対しない” と普段から言ってくれているので、どこの誰であるかさえわかれば問題ないだろう。
とはいえ、助手席に座っている千晶はそうはいかないようで、車に乗ってからほとんどしゃべっていないのだから、かなり緊張しているらしい。
何度か僕を見て口を動かしかけるのだが、小さく首を振ってうつむいてしまう。
千晶のことだから、自分でいいのだろうかなどと消極的な思いにとらわれているに違いない。
「そんなに心配しなくていいよ。僕が全部しゃべるから千晶は黙って座ってればいいから」
「だけど……あの、私……」
「緊張するよね。わかるわかる」
「あのね、聞いて」
「うんうん、終わったら聞くよ。今は余計なことは考えない。大丈夫、僕に任せてよ。ちゃんと策は練ってきたから」
余裕のある態度を見せれば彼女を落ち着かせることにもなる。
実家に着くと、僕は悠然と構える仕草で千晶を促し、何ヶ月ぶりかの家の玄関をくぐった。
が……僕の余裕もそこまでだった。
玄関で僕たちを待ってたのは、小林のおじさんとおばさんだったのだ。
「ちょっと脩平君、私たちに黙ってるなんてあんまりでしょう。そうならそうと言ってくれればいいじゃない」
「あの、ご無沙汰してます……」
「なにのんきなこと言ってるの。ほらあがんなさいよ、自分の家でしょう」
「おい、帰ってきて早々そんなに言わなくてもいいじゃないか。うしろのお嬢さんがびっくりしてるぞ」
「あら、ごめんなさいね。さぁどうぞ、脩平君も突っ立ってないで入って」
おばさんの先制パンチをくらったことでしっぱなの段取りは狂い、僕が描いた筋書きはたちまち崩れてしまった。
「おかえりなさい。出張大変だったわね。ちいちゃんも、さぁどうぞ」
うしろからお袋が顔を見せたがいつもと変わらぬ声がした。
千晶のことも覚えていたようだ 「ちいちゃん」 と呼びかけてくれたのが救いだった。
だがおばさんたちがいるってことは、見合いの決着がついていないことも、千晶が深雪さんの従姉妹だってことも、全部全部お袋たちに筒抜けになっているってことで……
そうなると、どこから話を持っていけばいいんだろう。
冷静になれと自分に言い聞かせ、もう一度頭の中の整理を始める。
とにかく落ち着け。
事態を収拾し損傷を最小限に抑え、最良の選択を見極める、これは危機管理の鉄則だ。
もしも、どうしても上手くいかないときは……
最後の切り札の台詞を持ち出すだけだ、これで反対されるはずはない。
僕が悪役になればいい。
気持ちを奮い立たせるように拳をぐっと握り締め、客間への廊下を歩き出す。
よし、なんとかなる。
心を決め部屋に入りかけた僕の腕を千晶が引っ張り、廊下の隅へ行ってと目が訴えた。
「どうしたの、心配になった?」
「聞いてほしいことがあるんです」
「うん、だからそれはあとで聞くから」
「だけど」
「大丈夫。千晶はそばにいるだけでいいから。それから、僕が何を言っても驚かないで」
「どうしたの? 遠慮なくどうぞ」
廊下でヒソヒソとかわす会話が聞こえたのか、奥からお袋の声がした。
「あとでな」 と千晶に言い、彼女の背中を押して両親とおばさん夫婦の待つ部屋に足を踏み入れた。