春秋恋語り


「明日のことだが」 と、おじさんが打ち合わせを始めたときおばさんの携帯が鳴りだし、着信画面を確認したおばさんの 「小野寺さんからよ……」 の一言に、その場に緊張が走った。



『はい、はい、えぇ……えっ! ……まぁ、それは驚かれたでしょう。えぇ……』



みなで聞き耳を立てているのだが、どうも聞いていた話とは違う様相を見せている。

最後に 「はい、わかりました。それでは失礼いたします。ごめんください」 と、電話の向こうの人に頭を下げたおばさんは、力の抜けた顔で僕たちにこう言ったのだった。



「小野寺さんの奥さんからだったの……深雪さん、好きな人がいるんですって」


「えっ……」



みなの口がそろったように動いた。



「今までお父さんの言うとおりに従ってきたのに、深雪さんが急に田代さんに断ってくださいって言い出して。
理由を聞いたら、好きな人がいるということらしいの。そういうことなので、田代さんにはご迷惑をおかけしました。
くれぐれもよろしくお伝えくださいって」



思わず千晶と顔を見合わせた。

そんなことはないと彼女が小さく首を振る。

やっぱりそうか、深雪さんは僕たちのために……というより、千晶のために 「好きな人がいます」 と言ったのだろう。

千晶が僕らのことを深雪さんに話したから、お父さんのゴリ押しで千晶を困らせないために、 「好きな人がいます」 なんてことを言い出したのだ。

深雪さんの心遣いに感謝しながら、新たに持ち上がった難問に頭が痛くなってきた。

子どもが……と言い出した始末をどうつけようか、困ったことになった。

小野寺さんからの電話がもう少し早ければこんな思いをしなくてすんだのにと思うと、タイミングの悪さに舌打ちをしたい気分だった。

おじさんもおばさんも親父も、やれやれといった様子で足をくずしている。

そんな中、お袋の大きなため息が聞こえてきた。

僕を見て、それから千晶に視線を移して、また僕を見る。

じっと見つめられてドギマギしたが、お袋の考えることはさっぱり見当がつかない。



「脩平、ウソなんでしょう? 子どもができたっていうの。そうよね?」



親父とおじさんは、お袋の突然の言葉に驚きつつ、僕の返事を固唾をのんで待っている。

おばさんだけは 「えっ、そうなの?」 と小さく声に出したけれど。



「……どうしてわかったの」


「わかるわよ。母親ですからね、息子の考えることくらいお見通しです。
あなたが出張の間、私に郵便物の管理を頼んだでしょう。
ときどき取りに行ってたから、脩平が部屋に帰ってないってのはわかってるのよ。
だいたいね、子どもができたって言うだけでそれ以上は言わないじゃない。
普通はね、何週目ですとか、いつ生まれますって言うものよ。 
それに、これだけは自信をもって言えるの……ちいちゃんを困らせるようなこと、あなたがするはずないもの」
 


お袋の言うことの半分は当たっている。

子どもができて困るのは僕よりも千晶だから、そうならないように細心の注意を払っていたのは事実だ。

だけど、彼女に会うために毎週こっちに帰ってきてたって知ったら、さぞ驚くだろうな。


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