春秋恋語り
4 趣味と興味
御木本さんのことなんて忘れて、新しい恋を見つけるんだと粋がっていた。
仕事のことばかり話すアナタなんて、もう興味もないわと気持ちを切り換えたはずなのに、彼の声を聞くと心が揺れて、迷って、決められなくて……
私、どうしたいんだろう。
あぁ……わからなくなってきた。
自分の気持ちが整理できなくて、ため息をついたり、頭を振ってみたり、部屋の中を歩き回ったり、深夜の私は落ち着きをなくしていた。
何度目かのため息をついたとき、顔を上げた先に見えた本の背表紙に、また御木本さんの顔が重なった。
「これ読んでみて。興味があったらあげるよ。面白くなかったら返してくれればいいから」
いいの? といいながらも受け取り、そのまま私の部屋に居座った本だった。
今でこそ ”レキジョ” (歴女) なんて言葉があるけれど、以前は戦国武将の話をする女の子は少数だった。
出世劇として捉えられることの多い武将の話を好むのは、それなりに歳を重ねたおじさま族と決まっていた。
酒の席などで 「戦国武将の言葉だけどね……」 なんて言い出して、若い部下に興味のなさそうな顔をされるのがオチ。
そんな可哀想な上司のひとりに、ある席で 「山岡壮八の本を読んだことがあります」
と答えたために、そうかそうか、家康はね……と、上司の話が止まらなくなった。
山岡壮八よりも読みやすいから、なんていいながら、歴史初心者が読む本をごっそり持ってこられたこともあった。
女は何も知らないだろうから、教えてあげなくては……と彼らは思っているようだ。
その点、御木本さんは押し付けがましくなかった。
何かと古い体制の団体業務は、仕事のほとんどが前年度の踏襲で引継がれ、新事業の開拓などまれだった。
「ここも目先を変えなきゃ、時代に乗り遅れる」 が彼の口癖で、あるとき幕末の下級武士の生き様を例えに出し、うんうんと聞いていたものの、つい 「それって、関鉄之助ですね」 と口に出してしまった。
御木本さんの驚いた顔といったら、いまでも鮮明に思い出せるほどだ。
「おっどろいた。どうして知ってるの?」
「えっと、父がそういうの好きで聞いたことがあったから……桜田門外の変でしたっけ。
鉄之助なんて強そうな名前だったから覚えてて、それだけです」
「そうそう、彼らが実戦部隊だったんだ。あのときの行動は、今でも評価が分かれるところだけどね」
へぇ、自分の意見を押し付けないんだ、この人の目は平等なのかも……
そう思ったことも覚えている。
歴史オタクは、そのほとんどに御贔屓の偉人がいて、その人物を崇拝している人が多いものだけど、御木本さんは彼らとは少し違うようで、名もない武士の地道な働きなど、人と人との関わりに興味があるみたいだ。
この人、私と似ているかも……
そう思ったけれど、御木本さんとの共通点が ”歴史オタク” ってのがひっかかって、私はそれほど興味はありませんという顔をすることにした。
それなのに、ことあるごとに 「あの人物はね」 と私が興味を惹かれるような話が始まるのだ。
はじめこそ 「あんまり興味ありません」 てな顔をしていたが、人は興味のある事を無視できない構造になっているらしい。
ついつい 「だけどね、彼の行動がその後の幕府の動きを有利にしたのよ」 なんて言ってしまうのだからどうしようもない。
ニヤリと笑う彼の顔を見るたびに、思うツボという言葉を思い出した。
まんまと御木本さんのワナに嵌ってしまう。
そんなことを何度か繰り返し、もう隠しようもない ”レキジョぶり” を披露することになるのだった。