春秋恋語り
9 災い転じて
人生最大の誤算であり大失態だと思っていた事態は、思わぬ好転となり僕に春を運んできた。
慌しい年の瀬ではなく、新年を迎え落ち着いたころ挨拶に行くのが好ましいのだろうが、「ぐずぐずしてられないのよ。とにかく急がなくちゃ!」 とお袋が言うのももっともで、その週の終わりには、両親とともに千晶のお父さんの病室を訪れることになった。
子どもができる過程は互いの合意の上であるのに、どうして男ばかりが責められるのかと多少不本意ではあったが、こういう場合男のほうが謝るものらしい。
「原因があって結果がある。原因を引き起こした理由がいるんだよ。その理由を男側が担うだけだ。
仕事の上でもそうじゃないか。言いたいことを飲み込んで、ぐっとこらえて一歩引く。それによって形勢逆転を狙う。
あるいは実質的な利益をとる。名を捨てて実をとるってことだな」
「わかりますけど、僕は……」
「まぁ、聞け。義理の父親になる人だ。誠意を見せたほうがいいぞ。
ここで低姿勢にでておけば、潔く頭をさげてきた見込みのある男だってことで、のちのち脩平の評価が上がるってもんだ」
わかったようなわからないような、けれどなんとも納得してしまう例えで諭してくれたのは小林のおじさんで、挨拶に行く前の僕の不満顔を見てこんなことを話してくれた。
さすが常務の重責を担っている人だけのことはある、なるほどと思った。
結婚前に子どもができたのは事実であり、いまさらどう言い訳しようが体裁をつくろおうが事実は事実なのだ。
もののはずみで……ではすまされない。
真剣でした……といったところで順序を間違えたことには変わりないのだ。
誠意を見せろと言ってくれたおじさんの言葉を胸に、腹をくくって大杉のお父さんの前に出た。
叱責を覚悟で 「申しわけありません」 と深く頭を下げた僕は意外な言葉をもらった。
「喜ばしいことではありませんか。千晶が母親になりますか……」
お父さんは感慨深く何度もうなずき、付き添っていたお母さんも 「楽しみですね」 と涙声ながら嬉しそうだった。
「ご両親おそろいでこんなところまでお越しいただき、ありがとうございました。
本来なら家でお迎えすることろですが、なにぶんこのような状態ですので……」
こちらが恐縮するくらい丁寧なお父さんの対応に、親父もお袋も、「いえいえ、どうぞお気遣いなく」 と、かしこまりながらも、すんなりと話がすすみ心から安心したといった顔だった。