春秋恋語り
「深雪さんはそんなふうに考えるんですね。優しいんだ」
「そんなことありません。私だって……」
言葉が途切れ、先を話そうかやめようか悩んでいる。
深雪さんが何を言いたいのか気になり、次の言葉をじっと待った。
「ちいちゃんから田代さんとお付き合いしてると聞いて、そうだったのか、早く気がついてあげるべきだった。
ちいちゃんに可哀相なことをしたと思う一方で、ずっと私に隠していたんだと思ったら、だんだん腹が立ってきて……」
深雪さんが千晶を腹立たしく思っていたと聞き複雑な思いがしたが、それは彼女の偽らざる気持ちだろう。
自分の見合い相手と仲のいい従姉妹が付き合っていたと聞いて、不快に思うことはあっても嬉しがる人などいない。
「私が田代さんとのお話を進めたいと言い張ったら、ちいちゃん、どんなに困るだろう。
父が無理を言って話を進めれば、ちいちゃんは田代さんとのお付き合いも諦めるしかなくて。
そうなればいいのに、ちいちゃんばっかり良いことがあって不公平だって、そんなことも考えてました……嫌ですね」
「でも、そうしなかった。好きな人がいると言ったのは彼女のためでしょう?」
「……半分はちいちゃんのため、半分は自分のためです。本当なんですよ、いるんです……好きな人。
あまり会えないので、誰も気づかなくて。ちいちゃんも知りません」
相手の男性は事情を抱えた人で、そんなことから親に言い出せず、言ったところで反対されるのは目に見えていた。
深雪さんには決まった人がいないのだろうと周りから思われ、それなら紹介しようという世話好きな人から次々に縁談が持ち込まれた。
交際相手がいることを隠しているので断ることもできず、舞い込む縁談には消極的な態度を示していたが、そんなとき僕との見合い話が持ち上がった。
最初から見合いを受けいれる気はなく、断るか断ってもらうつもりでいたのに、予想外にお父さんが僕を気に入ってしまったことから、話が思わぬほうへと話が転がってしまった。
「父は自分の思い通りに物事を進めていく人で、頑固で思い込んだら絶対なんです。
どうしても田代さんがいいと言って譲らなくて、お話を進めたくて、あんなに強引に……」
「お父さんにお会いしたとき、僕が曖昧な態度をとったから誤解されたのかな」
「いいえ、私がもっと早く父に言っていたら、こんなことにならなかったんです。
ちいちゃんに辛い思いをさせてしまいました。田代さんやみなさんにも迷惑をおかけして」
「そんなことないです。深雪さんのおかげで僕は千晶に会えました。迷惑どころか感謝しています。
それより、深雪さんの方は大丈夫ですか? お父さんと大変だって」
深雪さんから好きな人がいると聞かされたが、それ以上を言おうとしない深雪さんへ、お父さんの厳しい追及が続いているのだと千晶が話していた。
相手の素性を探ろうとお父さんは必死になり、深雪さんはその件に関しては無言を貫いているそうだ。
架空の相手だから何も言えないのだろうと思っていたのだが、事実はそうではなかった。
深雪さんの心には想う人がいた。
「どこの誰だ、どうして黙ってたんだって、毎日父から問い詰められています。でも言いません。
困ったことに父に似て私も頑固ですから」
その顔はすっきり晴れ晴れとした表情だった。
水の入ったコップを持ち上げ、ちいちゃんから聞きましたけど、と言って僕を見た。
「満月にロゼワインをかざして飲むと願いが叶うそうですね」
「えぇ、効き目は抜群です」
「私もあやかって試してみます」
「お父さんに抵抗しますか?」
「そうなるでしょうね」
深雪さんの決して人には見せない秘めた感情にふれ、見た目よりずっと芯のある人だと思った。
ユキちゃんの良さは一度会っただけではわからないと言った千晶の言葉は、彼女のことをよく言い当てていた。
この先僕は義理のいとことして、彼女の願いが叶うのを見守っていくつもりだ。