春秋恋語り


急がなくてはと言っていたお袋が、これだけはとこだわって大安の日を選び、新年を二日後に控えた年末に籍を入れ、僕と千晶はあわただしく結婚した。  

とんとん拍子にとはよく言ったもので、友人知人には年賀状にて結婚報告をすませ、親戚には正月の集まりで報告することになり、結婚式は千晶と千晶のお父さんの体調が落ち着いてからと決まった。

僕としてはいまさら結婚式なんてと思ったが、大杉のお父さんが ”式には必ず出席したい” と前向きで、手術後のリハビリも頑張るんだと張り切っていると聞いて、それならと賛成した。


新居をどうするかなど生活そのものの準備が後回しになっていたが、どちらかの部屋に移れば良いのではということになり、僕の住むマンションが間取りも広く部屋数も多いため、千晶が引っ越してくることになった。

妊娠初期でもあり大事をとって引越しはしばらく先となり、それまでは出張の時と同じく、僕が千晶の部屋に通うことにした。



「狭い部屋でも何とかなるよ。このまま千晶の部屋に引っ越してこようかな。その方が効率的だろう?」


「でも、子どもが生まれたら手狭になるし、公園も近くにないから子育てには向かないかも。
修平さんのマンションの方が、幼稚園や学校にも近いでしょう?」



すでに母親の顔になった千晶にそう言われ、すごすごと提案を引き下げた。

見た目には全然妊婦に見えない千晶だが、常に体を気遣い動きには細心の注意を払っている。

腹の中にもうひとりを宿すというのはどんな気分だろう。

男には到底叶わないことだから想像するしかないのだが、何があっても最優先で守るべき存在だろうか。

それなら僕は、彼女とその中に宿る子をひっくるめて守ろう。

男には体の変化がないので親になる気構えは容易ではなく、漠然と ”親になるんだ” と思うほかなかった。 


除夜の鐘を聞きながら ”来年の今頃は三人か……” と家族を思い描いてみるが思うように頭に浮かばない。

窓辺に立ち黙って外を見ている僕の横に来た千晶は、僕が外の風景を見ていると思ったのだろう 「何か見えるの?」 と聞いてきた。

一年後の自分たちの姿を考えていたと言えなくて、目の前に見えた木の名前は何かなんて思いつきを口にした。



「桜です。春になるととっても綺麗なんですよ。花びらが部屋に入ってくるくらい花が咲いて。
引っ越したら見られなくなりますね」


「春になったら見に来ようよ」


「そうですね。その頃には私のおなか、こんなになってるかも」



まだぜんぜん出ていない腹のまえに手で輪を作り 「これくらいかなぁ」 と膨らむであろう腹の大きさを示す。

もっと大きいかな、前にも出る? 横に広がる? なんて言いながら楽しそうで、そんな千晶を見ているだけで穏やかな心地になるのだった。

立派な妊婦になった千晶と一緒に桜の木を見上げる姿は、僕にもなんとなく想像ができた。

心も体も寄り添いながら見る桜は、どんなに綺麗だろう。

恋人のころのような、胸の奥がドクンと音を立てる、恋しさでたまらない感覚を覚えることはなくなったが、結婚で得たやすらかさは何ものにも代え難い。

千晶の肩を抱え除夜の鐘に耳をすませた。  
 
一年を振り返り、春の終わりの出来事を思い出した。

来年の春は、僕も誰かと一緒に桜を見られたら……

確かこんなことを言った覚えがある。


”実現しそうだよ。それも2.5人でね”
 

心の中で桜の木に語りかけた。


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