春秋恋語り
しばらく椅子に座って休んでいたが、もう大丈夫だからと千晶が立ち上がり、同窓会会場へ戻ることにした。
会場に続く廊下には地元の名産品が飾られていて、それらを眺めながらゆっくりと足を進める。
販売もしているのか物品の横には値札がおかれていた。
「ロゼが」 と言いながら千晶が指差す方を見ると、ワインが並べられた中にロゼワインがあった。
「記念に一本買って帰りませんか」
「いいけど、千晶はいまアルコール禁止だろう。産むまで飲めないよ」
「そうだけど……」
上目遣いに僕を見て 「ねぇ」 と甘えた声を出す。
妊娠がわかってから千晶はアルコールをいっさい口にしていないが、もともと嫌いではないので並べられたワインに目がいったのだろう。
「結婚のお祝いにワイングラスをもらったから使い始めもしたいし、ユキちゃんの記念に」
「深雪さんの?」
「ユキちゃんの願いを叶えてあげたくて」
「なんかさぁ、ワインを買う理由を並べてない?」
「違います。本当にユキちゃんのためですから」
「わかった。でも、飲むのは生まれてからだよ」
「わっ嬉しい。これ買ってきます」
僕の気が変わらないうちにと思ったのか、目の前の一本を手にすると 「走らないで」 と注意する声を振り切って精算所へとかけていった。
ほどなく大事そうにワインを抱えて戻ってきた千晶は 「次の満月っていつかしら」 と窓から空を仰ぎ見ている。
「まだ少し欠けてますね。明日か明後日には満月になるでしょうか」
「そうだね」
「ユキちゃんが好きな人のこと、なにか聞きましたか」
「事情のある人で滅多に会えないらしいね。交際してるのも誰も知らないみたいだった。千晶は? 深雪さんと話したんだろう?」
「彼、大学の講師だったのにトラブルで大学をやめて、今はアルバイトみたいな期限付きの仕事だそうです。
地方にでかけることが多くて、会えるのは半年に一度くらいで。何年もそんな生活で、先はわかないって。
いかにもお父さんが反対しそうな人でしょう、ってユキちゃん笑ってましたけど」
「前途多難だな」
「だから、お月さまにお願いするんです。私も叶ったから」
ちらっと僕の顔を見て、ふふっと笑う。
いつの日か、深雪さんの願いが叶って、彼も一緒に4人でグラスを傾けられたらどんなにいいだろう。
いつの日か……の未来図を頭に描くと楽しい気分になってきた。
春の出会いは実らなかったが、千晶にめぐり合い和やかな時間を持つことができた。
次は深雪さんに幸せを繋いでいけたら、どんなにいいだろう。
”僕たちの願いが叶ったように、深雪さんにも幸せが訪れますように”
もうすぐ満月を迎える月に、万感の思いを込めて祈った。