春秋恋語り


「なんで隠してたの? 初めから知ってたら、もっと話ができたのに」


「だって、歴史が好きな女なんて、みんな敬遠するでしょう?」


「そんなことないよ」


「御木本さんはそうじゃなくても、他の人はそうなんです」


「ふぅん。鳥居さんって人のこと気にするんだ」


「ちょっと待ってください。気にして当たり前でしょう、いけませんか?」



面白い店があるんだけど付き合ってよと連れて行かれたのは、歴史オタクの集まる店で、マスターが無類の日本史マニアだったことから、その手の客が集まるようになったそうだ。

それこそ以前は男ばかりだったのに、最近は女性が増えましたよと、御木本さんの連れである私を見てマスターは嬉しそうな顔をした。

その店では歴史に興味のあるのが当たり前で、誰に遠慮もなく語ることが出来る。

カウンターに並んで座った常連さんも、私のように初めて顔を見せた者も、ひとたび口を開けば興味は同じ。

少しばかり興味のある時代に違いはあるものの、総じて日本史に詳しいものばかり、話が盛り上がらないわけはない。

久しぶりに思いっきり語りつくし、気分良く店を出たところだったのに、御木本さんと言い合いになっていた。



「そうは見えなかったからさ、意外だと思ってね」


「意外ですみませんでした」



怒るなよと先に歩き出した私の手を掴み、彼が引き止めた。

離してくださいって言うつもりだったのに……

そのまま手を繋いだまま歩いて大通りまで行った。

人通りの多い交差点に差し掛かり、気恥ずかしくて手を離そうとしたら、こっちだよ と言いながらもっと強い力で握られて、タクシーに乗るまで御木本さんの手を離すことができなかった。



「また明日。おやすみ」


「おやすみなさい」



恋人じゃない人とこんな風に手を繋いで過ごしたのって何年ぶりかな。

繋がれていた左手を右手でそっと撫でてみた。

御木本さんの手はゴツゴツしてるのかと思ったら、意外に柔らかくて温かかった。



< 9 / 89 >

この作品をシェア

pagetop