トールサイズ女子の恋【改稿】
 私は木村さんの後について四つ葉出版社を出てビルを見上げると、2階だけ明かりが点いている。

 水瀬編集長は今日も残業で、本当は忙しい筈なのに私なんかのためにランチやディナーへ行く時間を割いてくれてたんだよねと思うと、胸が針に刺されたような痛みが走った。

「星野さん?」
「いいえ、何でもないですから行きましょう」

 私は顔を前に戻して足は駅に向かって動いているのに、心はこのまま木村さんと食事に行ってもいいのかと問いかけるような気持ちが出てきた。

 水瀬編集長と2人でランチやディナーを過ごしていた時はあんなにドキドキしたり、もう少し一緒にいたいとも思ったのに、これから行く食事は木村さんの残業を手伝ったお礼という名目だけれど、さっき総務課に鍵を返却しに来たときの水瀬編集長の表情が浮かんでいる。

 普段は優しさを含んだ笑顔をするのに、あんな風に睨むような表情をした水瀬編集長を見たのは初めてで、こんなにも頭の中が水瀬編集長で一杯になるなんて、私はどうしちゃったんだろう。

 もうすぐ藍山駅に着いてしまうし、このまま乗ってしまったら……、よし!決めた!!

 私はバックの肩紐をギュッと握りしめながら木村さんの前に立って、誠意をこめて深く頭を下げた。

「木村さん、お食事は一緒に行けないです。ごめんなさい!!」
「………分かったから頭をあげて。今日は遅くまで手伝ってくれてありがとう、また明日ね」
「はい…、また明日」

 私は木村さんを見送って次に来た電車に乗り、いつものようにドアの側に寄り掛かりながら先ほどのことを振り返る。

 木村さんには悪いことをしてしまたけれど、このまま一緒に食事をしていれば木村さんにも水瀬編集長にも悪いような気がしたから断って良かったのかも。

 でも御飯に誘われた時に、水瀬編集長の顔がパッと浮かんだのはどうして?

 今日は何にをしていても水瀬編集長が浮かんできちゃうし…、うーん、このモヤモヤは何なんだろう。
< 58 / 162 >

この作品をシェア

pagetop