ダイス



「浅川さん」


捜査会議が始まる直前、髪を整えていると長谷部に名前を呼ばれた。


長谷部豊。


紗江子より六つ年上だが、階級は下。


因って彼は紗江子のことを「浅川さん」と呼んでいる。


別に呼び捨てで構わないのに。


そうは思っても階級社会の警察では日常茶飯のことをいちいち訂正していられない。


「何?」


紗江子は後ろの席を確保した長谷部の方に顔を向けた。


長谷部は色が黒く、何処か猿を連想させる顔立ちをしてはいるが、決して悪くはない。


背はさして高くないが、筋肉が確りとついていて確か空手と柔道は有段者だと聞いている。


「今回の捜査本部の名前、聞きました?」


「ううん、聞いてないけど」


会議室の前に普通なら「何々殺人事件捜査本部」といった紙が貼り出されいるはずなのだが、今回はまだなかった。


急なことなので遅れているだけなのだろうと思っていたが、長谷部の口振りからするにどうやら違うようだ。


長谷部は人が集まり騒がしくなってきた辺りを気にしてか、顔を紗江子に近付けてきた。



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