「同じ空の下で…」

当然の如く、私の存在に気が付いたセレブ高梨は私を見つけると、眼鏡の奥の瞳を細くさせニッコリと微笑んだ。

微笑み返す余裕も無く、私はその場に立ち尽くしていた。

長椅子で組んでいた長い脚を解き、その場で立ち上がると、私の目の前に来て、私の目の前が高梨の影で覆われる。

彼の背後に長く伸びる、差し込む西日がやけに眩しい。

その橙色の光が、まるでスポットライトのように見えてしまうのは、彼が纏う独特のオーラのせいなのかもしれない。


「待たせて頂きました。…では、行きましょうか?」

「…あ…のぅ…」

「ん?」

「…私、このまま帰ります…ね?」


彼の顔を見上げるには、少し顔を上げなければ見る事が出来ないのだが…。

自分の目線の先にある、ロビーに落ちているゼムクリップをジッと見つめながら、彼の顔を見ずに話し始めた。

「何か用事でもできましたか?」

静かに、穏やかに話しているだろう、セレブ高梨の声。

確認するでもなく、相変わらず一点を見つめたまま、断る理由を試行錯誤して考える。


「…ここでは社員の方々の視線を集めすぎますね。」

そう聞こえたか聞こえないか…話し終えたか、話し終えてないかすら分からない一瞬の出来事である。


セレブ高梨に右手首を掴まれて、転びそうな体勢になりながら、彼に手を引かれて、会社の正面玄関を抜けた。



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