「同じ空の下で…」
「おはよう、英くん。今日は貴重な時間を取らせて申し訳なかったね。」
「いいえ、とんでもございません。」
頭を上げると、無意識に背筋を伸ばしてしまう。
私の中の仕事モードスイッチがONに切り替わった瞬間だ。
常務の数歩後ろを歩きながら、会社を出て、運転手が待つ黒塗りの社用車の後部席に乗り込む。
運転手さんがドアを閉めて、運転席に乗り込むと静かに車は走り出した。
スマホが、何かの通知音を出し、私は慌ててバッグの中を探った。
「も、申し訳ありません。電源を落とすのを忘れていました…!」
「構わないよ。まだ、先方と会う前だ。気にしなくて良い。」
スマホの画面を確認すると『大雨洪水警報発令』などと言うメッセージが画面に写っていた。
その画面を確認して、すぐさま電源を落とすとまたバッグの中にスマホをしまいこんだ。
そして、何となく直感的に持ち出した折り畳み傘の存在を確認して、バッグのファスナーを閉じた。
「私は先日、妻と結婚して45年を迎えた。」
常務は、前を見据えながら静かに口を開いた。
「おめでとうございます。…何か記念の行事のような事はされたのですか?」
「何もしない。…ただ、実に久しぶりに二人で外出し、芝居を見て食事したくらいかな。」
「…素敵ですね。」
「妻には、今まで随分と苦労を掛けた・・・・。」