Storm -ただ "あなた" のもとへ-
彼女は更に笑いを広げた。
「あらあらあら」
フェリックスは憮然として新しいグラスを手に取った。
一方で屋敷についた綺樹は執事からフェリックスは今は屋敷に泊まらず、自分のアパルトメントから通っていると聞いた。
なぜだか知っている。
その時は恋人のサラがいた。
彼女と、本当に心の通う恋人と、夜を過ごした翌朝、彼と普通に顔を合わせられるだろうか。
口の端が歪んで笑みを作った。
「と。いうよりも」
綺樹は積みあがった書類をうんざりと見た。
「今夜も徹夜か」
でないと片付かないし、ニューヨークに戻れない。
午前中には戻らないと、あっちの仕事が立ち行かない。
ため息をついて一番上のを手に取る。
まあいい。
どうせ眠れないのだから。
いや、眠りたくない。
見る夢をふと思い出しかけたのを、無理矢理潰す。
睡眠時間は綺樹にとっては安らぎの時間ではない。
平穏な時間は仕事をしている時だけだった。
私にはもうこの時間と空間しかない。
また思考が望まない方向へ行きそうなのに。綺樹は書類の文字を追い、のめりこんでいった。