Storm -ただ "あなた" のもとへ-

「それに着替えて、ドレスをよこせ」

「ったく、手荒だよなあ」


綺樹がぶつぶつ言うのが聞こえてから、衣づれの音がしてドアの向こうからドレスが投げつけられた。

拾いあげるとふわりと香る。

束の間、思い出が蘇り、口元に穏やかな微笑が浮かんだ。

時間が経つと、あの思い出さえ甘美になる。

ドアの向こうでシャワーの水音がしはじめた。

今度はお湯が出るから止める必要もないだろう。

涼は染みに取り掛かった。


「取れるの?」


バスルームから出てきながら聞き、涼の手元をのぞきこんだ。


「薄く残りそうだな」

「いいよ、どうせもう着ないだろうし」


涼はちょっと黙った。


「そうだな。
 ウルゴイティの当主が同じものを二回は着れないな」 


綺樹は肩をすくめた。

涼はばさりとドレスを広げた。


「もったいないな。
 よく似合うのに」


水を飲もうとしていた綺樹が顔をむけた。

本気かどうか探るような目だった。


「そう?」

「ああ」


涼はドレスをハンガーにかけ、どこか吊せるところがないか見渡した。

うまいところが無いのに、バスルームのドアを少し開け、ひっかける。
< 48 / 448 >

この作品をシェア

pagetop