Storm -ただ "あなた" のもとへ-
でも、その夜の内にここをまた出て行ったのだ。
偽装の妻に襲いかかって、失わないために。
涼は足元に置いていたバッグパックを取ろうと、身を屈めた。
シャツの中で金属が触れ合う音がする。
音を立てた二つの指輪は、襟元から飛び出さなかった。
指輪を通しているチェーンを長さは、丁度いいらしい。
身をかがめる度に襟元から外に出るのは、うっとおしい。
バッグパックを肩にかけると、門へと歩き出した。
今頃、背後の屋敷では、欲のぶつかり合いが行われているだろう。
涼は愉快になって、かすかに口元に笑いを作った。
祖父が亡くなり、今日は弁護士を介した遺書の公開日だった。
先ほどその場で、第1相続人だった涼は、株主総会宛の取締役社長の辞表と、遺産放棄の書面を、一族の目の前に放ってやった。