Storm -ただ "あなた" のもとへ-
だが人の姿はどこにもなかった。
木製でできたタワーの様なスピーカーが、そこにピアノがあるかのように音を出している。
ベランダへのフレンチ窓が開いていた。
このペントハウスは部屋の周りをベランダが取り囲んでいる。
鉢植えの木々が茂り、庭のように成していた。
綺樹は球状に剪定された柘植の向こうで、長椅子に寝そべって空を見上げていた。
指に挟んでいる煙草から煙がゆっくりと立ち上っている。
声をかけずにゆっくりと近づく。
足音は街の喧騒で消されていた。
退廃的な様子。
物憂げな横顔。
モノクロ映画に出てくる女優のようだ。
傍らに立つと、気配に気づいて、体をびくつかせた。
「ああ、涼か。
どうしたの?忘れ物?」
「いや。
気が変わっただけ。
煙草」
置いてあった灰皿を差し出すと、苦笑して押し消した。