不誠実な恋
ゆっくりと振り返り下から覗くように見たその人の表情に、失礼ながらじっと視線を留まらせてしまった。

「ん?あぁ、邪魔してごめん。どうぞ続き読んでよ?」
「・・・いや、いいです」
「遠慮せんと。俺はここで自分が本読んでるの見とくから」
「?」
「文学少女って感じやんなぁ、自分」

眉尻を下げてにっこりと笑うその表情は、同級生達よりも遥かに幼さを感じさせる。
スーツを着てネクタイを締めているところから見て、確実にあたしよりは年上なのだろうけれど。

こんな時間にこんな所で何をしているのだろうか。
どうしてあたしに声を掛けたりしたのだろうか。

疑問ばかりが湧いて出るように頭に充満して、つい数分前まで入り込んでいた小説の世界が嘘のように消え去っていた。

「SM好きなん?そうでもなさそうな顔しとんのになぁ。人は見かけによらんもんや」
「エス…エム?」

他の人間に邪魔でもされようものなら不機嫌全開で睨みつけていたかもしれないけれど、何だかそれも出来ず、その整った顔立ちから目を離すことすら不可能だった。

美形と言えば間違いない。けれど、それを残してにっこりと笑う姿は、クールに振舞う姿よりも何倍も興味をそそられる。

ついでに、遠慮なしに直球勝負で仕掛けてくるこの態度にも

「これ、そうゆう小説じゃないですよ?そりゃ、多少はそうゆう…エッチな表現もあるけど」
「えー?それSM小説やん」
「だからぁ、違いますって」
「縛りつけて突き放して、また縛り付ける。その男は完全なサディスト。それを喜んで受け入れて、依存して離れられへんその女は完全なマゾヒズム。ちゃう?」
「読んだんですか?」
「簡単に、な。文字は会議用資料でいっぱいいっぱいや。読むより実践。これ俺のポリシー」
「…はぁ」

そんなものなのか。と、大まかなエピソードだけを思い返してその情景を想い描いてみる。

クールで自己中心的な男。それに振り回され続ける女。
自分の欲望のままに彼女を抱き、事が終わればハイ、さようなら。
「愛してる」の一言で縛り付ける男と、それに縛られ続ける女。

これは、彼の言うSM小説というものなのだろうか。
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