不誠実な恋
煙草を一本咥えると、慣れた手つきでマッチを擦って一気に吸い上げる。煙草を吸い始めて数年、それがあたしのスタイルだった。

ライターなどという文明的なものを持っているにも関わらず敢えて原始的な物を使うのは、ただ単に火が消えた後香る一瞬の匂いが好きで。それぞれ好き嫌いはあるだろうけれど、咥えた煙草から仄かに香るシトラスの香りよりははるかにこっちの方が好きだった。


細く立ち昇る紫煙を見上げ、少しだけ眉根を寄せる。
未だ薄暗い空を確認し、咥え煙草もそのままに再びベッドへと身を沈めること数秒。頭の中で鳴り響くのは、鈍い痛みの音とあたしよりも少し低いだろう彼女の声。




侑士と別れてちょうだい




妻帯者と関係を持つということは、少々面倒なもので。
秘密の関係としてスリル感を楽しんでいるうちや、お互いに遊びの関係だと割りきって付き合っているうちはまだ気分的にも楽なものだろうと思う。


けれど、もうそれが結婚期間に少し足りないくらいの期間付き合っていたり、相手が明かに間違えていると指摘したくなるような優先順位を掲げる彼の場合、その問題はやはりとてつもなく面倒なものとなる。




正当なのだ、彼女の言葉は。
だからこそ頭痛の種になる。




言葉を発することさえ苦痛と感じるような頭痛と、並べられる正当な理論の数々。
声こそ荒げてはいなかったけれど、もういい加減にしてくれと訴える彼女の低い声は、有り難いことに頭の中によく響き渡った。


受け入れも拒絶もせずに切った電話の後、引き込まれるように眠りに落ちたのがつい一時間程前の話。目が覚めてもその頭痛は治まる気配はなかった。
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