不誠実な恋
咥えたままだった煙草をグッと灰皿に押し付け、狭い部屋ではあるがその中に響き渡るほどの大きなため息を吐く。

暑苦しいほどにあたしに密着しながらスヤスヤと寝息を立てて眠るこの人は、信じ難いことに隣接する県に最近建てた戸建てでは夫と三人の子供の父親という顔を持ち生活しているという事実がある。


自分の知らない顔を見ることが出来る彼女を羨むことは少なくも無いが、特別多いとも言い難い。
創られた顔しか知らない彼女よりは、男としての彼の顔を見続けることが出来る自分が勝っている。と、そんな浅はかで間違いだらけの想いを抱いている。


これは愛人の特権とも言うべきものだろうか。


そんな不誠実な想いは、言葉に出来るほど簡単なものではなく、かと言って深層心理を考えるほど複雑なものでもない。複雑に見え単純かつ明快なもの。

それがこの関係を続けていくために必要不可欠であったりもする。



一歩と言わず二歩、三歩と距離を置いたこの関係は、後ろめたさを感じることも無く、かと言って甘い気分に浸れるわけでもない。
過ぎた時間の中で、どこでどうこの関係が成立したのか。もう記憶は定かではないのだけれど。


去ろうとしたあたしを追いかけてきたのは彼の方であって、あたし自身は綺麗さっぱりと別れるつもりだった。


要するに、この関係を望んだのはけしてあたしの方では無いと言い訳がしたい。
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