不誠実な恋
「美雨っ!」


卒業証書を受け取り礼を終えたあたしの耳に飛び込んできたのは、期待していた朔也の声ではなく、脳の奥底まで響くほどに低い侑士の声だった。
慌てて振り返った時にはもう遅く、立ち上がった侑士が雛壇の下でニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべている。

ざわつく会場の中で、ただ静かに眉根を寄せる朔也とミチル。
何が起こっているのか自分の中で認識出来ないまま、侑士の姿を見つめながらただその次に発せられる言葉をじっと壇上で待っていた。



「我愛你。請成為我的戀人」




ゆっくりと動いた唇が紡ぎ出した言葉は、此処に集まる数百人の中でもほんの一握りでしか理解の出来ない言葉で。
それに安心してふっと鼻で笑い雛壇を下りて行くあたしの腕を掴んだ侑士は、ご丁寧にさっき発した言葉の日本語訳を繰り返した。

嬉しいことに、滅多に出さないだろう大声で。



「好きなんや。俺と付き合うて!」



一斉に湧き上がる女の子達の悲鳴と、数百人のどよめき。
その中で諸悪の根源はにっこりと微笑み、それ以上何を言うわけでもなくただひたすらにあたしの言葉を待っていた。

「何・・・を」
「俺、美雨のこと好きでたまらんねん。どうしても欲しい」
「バカ…じゃない。あたしには朔也が…」

元から涙腺が緩かったあたしは口元を覆って膝を折り、それ以上言葉を続けることが出来なくなってしまった。
その手を取りたいのか、拒んでしまいたいのか。そんな簡単な判断さえもつかなくて。
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