猫 の 帰 る 城
さんざん酒をのんだ後、僕は彼女と初めてセックスした。
意識はそんなにはっきりしていなかったはずなのに、なぜかその一瞬一瞬の記憶は、驚くほど鮮明に蘇ってくるのだ。
彼女の熱い唇に触れたとき。
彼女の細い腰に手を回したとき。
彼女の首筋にキスをし、白い陶器のような肌に覆いかぶさったとき。
そして柔らかい彼女の腹に自分の腹が触れたとき。
あの衝撃は今も鮮やかに思い出せる。
その瞬間、僕の心臓は激しく音を立てた。
それは理屈じゃない、感覚だった。
今までとは違う、非科学的な電流が全身を走ったのだ。
脳じゃなく、肌が感じたのだ。
そう
今までのどの女性とも身体を重ねて感じたことのない感覚を、僕は得たのだ。
それは僕だけでなく、小夜子も感じていたと言える。
お互い口に出さなくとも身体を合わせれば十分伝わっているのだ。
その夜、何千人、何万人にひとりの相手を見つけたのだという、理屈じゃない、感覚の確信を得た。
それでも、彼女が何か抱えていることには気づいていた。
僕を見る目が、ときどきすごく切なくて、泣きそうなくらい悲しいのだ。
その視線は痛く、僕のこころを惹きつけた。
明け方、眠りにつく彼女の頬に、朝露のようなきれいで儚い涙がつたっていたのを見た。
僕が指先でそっと拭うとそれは消えてなくなった。
だから僕は、多くを望まなかった。
今の僕には、それだけでいいと思った。