猫 の 帰 る 城
スプリング・ルージュ
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季節は春になっていた。
大学の春休みは無駄に長い。3月、僕はアルバイト漬けの毎日を送っていた。
春になると、恋をしたくなる。
手を伸ばせばすぐに抱き締めることができて、何か小さなことでも共有できる、そんな相手が欲しくなる季節なのだ。
なぜそうなるのかはわからないが、とにもかくにも僕は女の子から告白された。
大学は違うけれど、同じ書店でアルバイトをしている女の子だ。
ショートカットがよく似合う子で、さばさばとした性格も、笑うと少したれる目尻も好印象だった。
「…矢野くん?矢野くんだよね」
その女の子とバイト以外でまともに話をしたのは、とある日曜の昼下がり。
場所はバイト先の書店ではなく、百貨店に入っている大型書店の文庫本コーナー。
買い物ついでに寄ったその書店で、お気に入りの作家の小説を立ち読みしていると、突然声をかけられたのだ。
名前を呼ばれて振り向くと、彼女がいた。
「河口さん」
「びっくり。バイト以外で会うの初めてだっけ。なんか変な感じ」
「うん、びっくりした」
偶然出会ったことも確かに驚いたが、彼女が声をかけてきたことにも驚いた。
彼女はいつものショートカットに、春らしい、淡いブルーのワンピースを身につけていた。
なかなか可愛らしいデザインのものだ。
バイトでの浅いかかわりから、彼女はどちらかといえばボーイッシュな感じの女の子だと勝手に思っていた。
だからイメージとは違う彼女のファッションが少し新鮮だった。