猫 の 帰 る 城
シャワーを浴びようと思い腰を上げたとき、ケータイが鳴った。
約束の時間が近づいてきていた頃だった。
真優からだろう。
ベッドに投げっぱなしになっていたそれを、バイブレーションの音をたよりに探す。
どうやら電話のようだ。
枕の下から取り出すと、ディスプレイには久しく見なかった名前が浮かんでいた。
滝本 小夜子
僕は予想していなかった名前に驚いた。
小夜子から電話をもらうのはいつぶりだったか。
小夜子は僕と真優が付き合うようになって、自分から電話をかけてくるようなことはしなかった。
それは真優といるときにケータイが鳴らないようにするためだという。
だから基本的に僕から電話するようになっていった。
良く言えば気を遣ってくれているのだが、逆に言えば、こういうワケアリなことに手慣れているのだろうとも思った。
「もしもし」
僕の声色はいつもより堅苦しかった。
ほんの少し緊張している自分が可笑しかった。
長らく僕が一方的に接触を控えていたから、後ろめたい気持ちもあったのかもしれない。
でも、そんなことはどうでもよくなるくらい、小夜子の声は切迫していた。
「早く来て」
僕は息を呑んだ。
彼女の声は悲鳴に近く、僕の胸に突き刺さった。