猫 の 帰 る 城
「…ねえ」
「なに」
そっと目を閉じ、今度は彼女が僕の肩にもたれた。
僕のシャツを掴み、吸い込むように深呼吸する。
「…ヒロトが悪いんじゃないの。だけど、いま、キスとか、セックスとか、そういうの、したくない。したら、また吐いちゃいそう」
「うん」
「だけど…」
「うん」
「…ヒロトに、こんなときに頼るの、正しいと思わない。絶対、間違ってる。それはわかってるの。だけど…」
「うん」
小夜子が僕のシャツを握りしめる力が強くなった。
肩にうずめた小さな唇の間から吐息が漏れる。
「…今日だけ、傍にいてほしい…」
僕はそれだけで彼女の腰に手を回したい衝動にかられたが、すぐに姑息な欲望を掻き消した。
こんなときに欲望を優先するようなやつは、きっと吐き気がする。
そう思ったからだ。
代わりに彼女の頭をそっと撫でた。
そっと撫でて、彼女にばれないように柔らかい髪にキスをした。
「間違ってないよ」