猫 の 帰 る 城
真優はいつからそこにいたのだろう。
どこから僕たちの会話を聞いていたのだろう。
僕は恐ろしいスピードで小夜子との会話を復習してみた。
大丈夫だ、特に問題のある発言はしていない。
僕は必死に頭を働かせているその間も、真優から目をそらせなかった。
真優の表情が一瞬でも変化するところを見逃せないと思ったからだ。
しかし、真優の表情はそのまま、不思議そうな顔をしたまま僕たちのほうへと近づいてきて言った。
「ヒロの知り合い?」
いつも通りの真優の顔を見た僕は、素早くいつも通りの笑顔を作った。
自分でも上出来だと褒めてやりたいくらい、冷静な、落ち着いた対応だ。
「そう。こちら同じ大学の滝本小夜子さん」
「初めまして」
小夜子も見事な美しい仮面をかぶって真優に微笑みかけた。
彫刻のように美しい、時間の止まった微笑みだ。
そんな小夜子に僕も美しい言葉を告げる。
「彼女は河口真優。僕と付き合ってる」
「あら、そうだったの」
小夜子は僕の言葉に驚き、とびきり素晴らしい人工の笑顔を真優に向けた。
これだから女性は恐ろしい。
この笑顔がいつ自分に向けられてきたかわからない。
男は真実を知らないほうがいいのだ。
紹介された僕の彼女は、紹介された僕の浮気相手を惚れ惚れするような目で眺める。
「びっくり。ヒロにこんな美人の友達いるなんて知らなかったよ」
「わたしも、矢野くんにこんな可愛い彼女がいるなんて知らなかったわ」
小夜子の言葉に、真優は少し照れくさそうな笑顔を僕に向けた。
僕は内心ひやひやしながら彼女に笑顔を返した。
「ヒロ、大学の話は全然してくれないの。聞いてもあんまり教えてくれない」
「…そんな面白い話でもないだろ」
「さあね。ヒロとは、どういう友達?」
「同じゼミをとってるの。あと一度、グループワークで一緒になったことがある。プレゼンのね。それくらいだっけ?」
「それくらいだね」
「そうなんだ。滝本さんは、もしかしてこの近くに住んでるの」
「いいえ、わたしの家は大学の近く」
「一人暮らし?」
「ええ、まあ」
「いいなあ、うらやましい」
「そんなにいいものでもないわよ。今日は買い物ついでに寄ってみただけ。そしたら矢野くんとばったり。わたしもびっくりしちゃった」
僕は小夜子のパーフェクトな対応に感嘆した。
突然のアクシデントとは思えない、事前に準備していたかのような模範解答をすらすら言ってのけるのだ。
これには理解ある浮気相手に完敗。
大きな貸しを作ってしまった。