猫 の 帰 る 城
真優の表情は変わらなかった。
相変わらずの無表情で、穏やかに言う。
「確証に変わったのは、ヒロのケータイを見たとき。浴衣祭りの一週間くらい前かな」
浴衣祭りの前日を思い出した。
帰り道、真優がおかしかった夜だ。
そして翌日、僕は真優との祭りの約束をドタキャンし、泣いて自分を呼ぶ小夜子のもとへ向かった。
小夜子の秘密を知った、あの日。
その一週間前に、真優は僕のケータイを見ていた。
「…ケータイを見たのは、本当に出来心。自分が愛されているのか不安になって、それを否定する要素が欲しかった。でも開いてびっくりしたよ。メールこそしてなかったけど、着信が滝本小夜子の名前で埋まってたんだもん」
一緒に駅までの道のりを歩き帰った夜。
女性客に話しかけられた僕に、不可解な質問をしてきた夜。
『楽しそうだったけど、あの人と知り合いだったの』
どうして真優がおかしかったのか、その理由がようやくわかった。
真優は僕が女性客と親しくしていることに嫉妬していたのではなく、僕と関係を持つ親しい女性、滝本小夜子の正体を探っていたのだ。
僕に思わせぶりな疑問を投げかけてきたのも、そのためだ。
その後、あのアクシデントが起きた。
アルバイト先の書店で小夜子と真優が鉢合わせしたアクシデントだ。
僕はそれを思い出してハッとした。
「ちょっと待ってくれ。じゃあバイト中、小夜子と三人で会ったときにはもう」
もう、僕らの関係に
「うん。紹介されて、名前を聞いたときから気づいてたよ。着信履歴に残ってた名前、滝本小夜子。彼女が、そうなんだって」
その言葉を聞いて、僕はもう何も聞く必要がなくなった。
すべては僕の知らないところで、初めから露わにされていたのだ。
あの時の小夜子の演技は確かにパーフェクトだった。
けれどどうやら、もうひとり主演女優賞候補がいたらしい。
そう、小夜子の完璧な演技の横で、真優もまた完璧な演技をしていたのだ。
小夜子と僕が関係を持っているということを、まるで知らないという演技を。