猫 の 帰 る 城



「…今日、賭けてみようと思って。たとえあたしと会ってくれなくても…ここにヒロが来なかったら、滝本さんと会うわけじゃなかったら、これからも気づかないふりしてようって、少しだけ待ってみようって、決めてたの。…でも、まあ、ダメだったみたいだね」

「真優」

「そうだ、さっきの質問に答えてなかったよね。いつからヒロのこと疑ってたかって?…最初に違和感を覚えたのは、初めてヒロとセックスしたとき。どういうことか、わかるよね」


僕の胸が締め付けられた。
締め付けられて、鋭い痛みが走った。
一番気づかれたくなかったことは、もうとっくにばれていたのだ。
隠しようのない、理屈じゃなく、感覚でわかってしまうもの。

真優は気づいていたのだ

僕が真優に思う違和感に。
僕が小夜子のそれと比べてしまっていること
真優を抱きしめながら小夜子を抱きしめていたこと

僕はうまく隠せていると信じて疑わなかった。
だけどすべては、真優も気づいていたのだ、

いくら表情を作り、愛の言葉を囁いていても、重ねた肌に超えるものなど何もないのだ。


「…真優、ごめん、僕が悪かっ」


謝罪の言葉を言い終わらないうちに、左頬に熱い痛みが走った。

胸の痛みより鋭い、終焉の一発。
真優の手のひらが僕の頬を打ったのだ。

はっとして真優を見ると、彼女は両目いっぱいに涙を溜めていた。
いつも穏やかに、僕を見上げてきた真ん丸な瞳から涙がこぼれる。


「最低」


それだけ言って、真優は走るように僕の横を通り過ぎた。
僕は振り返り、彼女の姿を目で追った。
しかし白いワンピースはあっという間に角を曲がり消えていく。
ワンピースの裾が角に吸い込まれ、見えなくなるまで僕は見送った。

その時の僕に、追いかけるなんて選択肢はなかった。
確かに僕は最低だった。
真優を傷つけてしまったことよりも、真優に初めからすべてばれてしまっていたことに、激しく動揺していたのだから。


…最低だ。



< 57 / 119 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop