月下の幻影
現在の部屋の向こうにある渡り廊下を越えると、君主の居室がある。
紗也がいなくなってから和成は、その広い居室のうち謁見室と食堂と浴室とお手洗い以外使ったことがない。
紗也と共に最後の幸せな時を過ごした寝室の場所は覚えているが、それ以外は侍従と女官の控え室を除くと、どこに何があるのかさっぱりわからないのだ。
まずは居室内の探検から始めなければならなかった。
紗也には親族がいない。
配偶者である和成が何の命令も下さないので、部屋の掃除はされているものの、紗也の私物は十二年前のまま手付かずで放置されているらしい。
中でも、和成が知っている紗也の寝室は、部屋に風を通して床を掃き清める以外、何も手を触れていないという。
生前、紗也が寝台には一切手を触れないように命じたためである。
和成にはその理由がわかっていた。
そこには、紗也が大切にしていた、紗也だけが知っている和成の秘密の一つが隠されていたからだ。
和成はそれを確かめるために、真っ先に寝室へ向かった。