月下の幻影
紗也が十五才の時、お気に入りの青い花の髪飾りがなくなったと言って、朝からずっと不機嫌だったことがある。
その日和成は、塔矢の手伝いで朝から執務室にいた。
よほどその髪飾りが気に入っていたのか、作業する和成の横で半日グズグズ言われうんざりしたので、昼休みに城下に出て青い花の髪飾りを買ってきたのだ。
紗也のなくした物がどんな物か知らないので、同じ物ではなかったはずだか、紗也は大層喜び、午後からの作業は滞りなく円滑に行われ、和成はホッとした。
和成にとっては、紗也の邪魔をうまくあしらった日常の些細な出来事のひとつで、すぐに忘れてしまっていた。
だが、思い返しても紗也がこの髪飾りを付けていたのを見た覚えがない。
和成は思わずクスリと笑った。
「これも、俺の秘密だったのかな」
見覚えのない青い花の髪飾りを付けて、女官たちに指摘され、和成からもらったと教えたくなかったのだろう。
和成は髪飾りを懐にしまうと、引き出しを戻し、部屋を出た。